2008年神奈川

真鶴岬〜与謝野晶子の歌碑〜
indexにもどる

真鶴岬に町営「ケープ真鶴」がある。


 治承4年(1180年)8月23日、源頼朝は相州石橋山の合戦に敗れ、28日同国土肥郷真鶴崎を小舟で脱出、29日安房国へ渡航。

 8月28日 戊申

 武衛は土肥眞名鶴崎より乗船し、安房の国の方に赴き給ふ。實平土肥の住人貞恒に仰せ、小舟を粧ふと。


与謝野晶子の歌碑があった。


わが立てる真鶴崎が二つにす相模の海と伊豆のしら波

昭和7年(1932年)正月、与謝野鉄幹・晶子は真鶴を訪れた。

12月なのにカンナが咲いていた。


水仙も咲いていた。


三ツ石を見下ろす。


昭和31年(1956年)1月7日、水原秋桜子は真鶴崎を訪れている。

   真鶴崎にて

真鶴崎ごうごうとよむ東風なりけり

鰤漁の荒るゝ沖見ゆ港口

『玄魚』

三ツ石海岸を歩く。


平成16年(2004年)5月、小田急真鶴ケープパレス撤退。

2008年神奈川〜に戻る