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安政5年(1858年)6月19日、日米修好通商条約及び貿易章程の調印。 明治5年(1872年)3月110日、横浜公会(現在の横浜海岸教会)開設。 |



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ついに、我々の上に 霊が高い天から注がれる。 荒れ野は園となり 園は森と見なされる。
イザヤ書 32−15 |

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1859年、欧米諸国との貿易がはじまるや、幕府は日本大通5番地の横浜港郵便局を中心とするこの地区に、外国人の日用食品街「お貸し長屋」を建てた。 その一角で、内海兵吉は1860年、フランス人にパンの製法を習って「パン屋」をはじめた。 当初は「焼き饅頭」のようなものができた。だが、これが現代日本人の日常生活につづくパン食文化の始めである。パンの元祖「富田屋」として知られた。 その後、イギリス人クラークのパン屋「ヨコハマベーカリー」が、登場する。ここで修行し、受けつぎ発展したのが内木彦太郎の元町「ウチキパン」で、イギリス流の山型食パンである。 現代日本の日常生活に根づくパン食文化「パン屋」が始まったこの地区に、横浜市中区制90周年を記念し「近代のパン 発祥の地」を設置する。 |
