2010年神奈川

上行寺〜其角の墓〜

伊勢原市上粕屋に上行寺(HP)という寺がある。


冨士山上行寺


日蓮宗の寺である。

永禄10年(1567年)、小田原花木の地に開創。
慶長元年(1596年)、江戸桜田に移転。
元和元年(1615年)、八丁堀銀座の地に移転。
寛永12年(1635年)、港区芝伊皿子に移転。
寛文8年(1668年)、芝二本榎に移転。
昭和38年(1953年)、現在地に移転。

上行寺に其角の墓がある。


 元禄15年(1702年)12月13日、両国橋の上で笹竹売りに身をやつした忠臣蔵赤穂浪士の大高源吾に其角が「年の瀬や水のながれも人の身も」と詠みかけ、源吾が「あした待たるゝその宝舟」と受けたという話で有名である。

本所吉良邸へ討ち入りする前日の事である。

宝永4年(1707年)2月30日、其角は47歳で亡くなる。

江東区森下の長慶寺、世田谷区北烏山の称往院にも其角の墓がある。

其角の墓の左に其角の父東順の墓もあった。


元禄6年(1693年)8月29日、東順は72歳で死去。

其角の井戸


 この井戸は高輪にありし時、清水がこんこんと湧き出し、周辺を常に湿らせ有名でした。

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