街 道


中山道相生の松

佐久酒造組合から旧中山道を歩く。


佐久市岩村田相生町に相生の松があった。


 享和2年(1802年)4月3日、太田南畝は相生の松を過ぎ、岩村田宿へ。

一里塚をこえ左榎右木枯 右相生松あり。又社あり。左のかたに浅間山みゆ。岩村田の駅には、信濃国佐久郡岩村田駅といへる傍(榜)示をたつ。駅の中をたてにゆく用水の溝あり。右のかたに、右甲州道、中山道とかける石表あり。駅舎のうちに髪結床あり。


相生の松に秋しる月夜かな   指月

俳諧夜の柱』(武曰編)

 文久元年(1861年)11月7日、皇女和宮は、ここで輿を留め、御野立小休をとったそうだ。

 昭和11年(1936年)5月20日、種田山頭火は中山道を岩村田まで歩く。途中で相生の松を見ている。

○また風が吹きだした、彼がどんなに孤独な旅人を悩ますかは、彼でなくては解るまい。

二里近くで岩村田町、相生の松とよばれる中仙道徃還の名木があつた、赤松黒松の雌雄両木が絡み合ひ結びついてゐる。


現在の松は3代目だそうだ。

荘山稲荷神社へ。

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