2011年岩 手

釜石線〜「セロ弾きのゴーシュ」〜
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東北新幹線新花巻駅を出る。


昭和60年(1985年)3月14日、新花巻駅開業。

花巻は宮沢賢治生誕の地。

駅前広場に「セロ弾きのゴーシュ」のモニュメントがあった。


 このモニュメントは、宮沢賢治の童話「セロ弾きのゴーシュ」を題材として制作したものです。

 宮沢賢治は花巻に生れ、その短い生涯の中で、科学者、仏教徒、教師、農民指導者として、世につくしました。また詩や童話をたくさんつくりました。「セロ弾きのゴーシュ」は宮沢賢治の童話の中で動物と人間がかかわり合うすぐれた作品で、主人公の町の音楽家「ゴーシュ」が、ねこ、かっこう、たぬきの子、野ねずみの親子とのふれ合いの中から人間としてすばらしい発見と成長していくすがたをえがいたものです。

 このモニュメントを御覧になられた方々が、賢治の作品の素材となった豊かな自然と暖い人々の営みのある花巻を感じていただければ幸です。

昭和60年3月14日

花巻市

「豊かな自然」は寒い。



「先生、そうお怒りになっちゃ、おからだにさわります。それよりシューマンのトロメライをひいてごらんなさい。きいてあげますから。」

「生意気なことを云うな。ねこのくせに。」

 セロ弾きはしゃくにさわってこのねこのやつどうしてくれようとしばらく考えました。

「いやご遠慮はありません。どうぞ。わたしはどうも先生の音楽をきかないとねむられないんです。」

宮沢賢治の童話 「セロ弾きのゴーシュ」より

モニュメント制作の協力者宮沢清六氏は宮沢賢治の実弟。

平成13年(2001年)6月12日、老衰で死去。享年97。

釜石線で遠野へ。


 昭和29年(1954年)10月24日、富安風生は自動車で宮古へ向かう途中遠野を通る。

   途中の遠野といふ町は日本民俗学発祥にゆかりあるところ

長き夜の書にも遠野物語

『晩涼』

 昭和34年(1959年)8月10日、高野素十は遠野を訪れている。

   八月十日 遠野

夏山の小村の遠野物語

『芹』

遠野駅前には柳田國男の『遠野物語』の記念碑があった。



遠野物語

此話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治四十二年の二月頃より始めて夜分折折訪ね来り此話をせられしを筆記せしなり。

鏡石君は話上手には非ざれども誠實なる人なり。自分も亦一字一句をも加減せず感じたるまゝを書きたり。思ふに遠野郷には此類の物語猶数百件あるならん。我々はより多くを聞かんことを切望す。

柳田國男

建碑の由来

 柳田国男先生は遠野の山河を人をその民俗とに深い愛情を寄せられて遠野物語を上梓された。

 これが日本民俗学の最も記念すべき最初の文献となった。

 先生の学徳を慕いここに記念の碑を建てて永く感恩の情を表わすと共に我等の祖先の心をしのぶよすがとするものである。

 遠野物語上梓60年後の世

昭和45年

平成22年(2010年)は『遠野物語』発刊百周年。

遠野市の南部公園に芭蕉の句碑がある。

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