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中村小重氏は明治41年大根布に生まれ内灘村立尋常高等小学校の高等科を卒業後苦学し長じて漁師の指導者となり将来を大きく期待される人となった。 第二次世界大戦後内灘の村議会議員村長町長となり通算6期24年の長きにわたって地方自治の政治家に転身した。 氏は日本海に沿った不毛の砂丘で零細な漁民がその日の糊口を凌いできたというこの内灘に学校を始めあらゆる公共施設を備えた一大住宅都市を建設し最も近代的豊かな町造成に盡瘁した。 氏は町政のかたわら内灘土地改良区の理事長となり、河北潟の埋立や干拓を完成、その他多くの公職を兼ね特に北海道の羽幌町と姉妹都市を締結するなどその大任を果し、終始一貫町民の生活安定のため一身を捧げた。 斯の如く氏の残した業績は実に素晴らしい先見性粘り強い政治力緻密な計画と果断な実行力によるもので内灘の歴史に輝かしい一頁を開いた。 こゝに氏の像を建てその功績を称え永遠にその遺徳を偲ぶものである。 |
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昭和6年(1931年)、川岸要吉は石川県鳳至郡穴水町に生まれる。旧姓横田。 昭和30年(1955年)、金沢大学教育学部卒業。 昭和42年(1967年)、東京教育大学芸術学科に内地留学、木村珪二に学ぶ。 |


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昭和24年(1949年)、下川昭宣は愛知県海部郡弥富町に生まれる。 昭和48年(1973年)、東京芸術大学美術部彫刻科卒業。 昭和50年(1975年)、「夏引」制作。 |

| 平成18年(2006年)、チャーターナイト50周年記念に金沢ライオンズクラブ寄贈。下川昭宣制作。 |
