2021年兵 庫

有岡公園〜碑巡り〜A
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JR宝塚線尼崎駅


伊丹へ。

伊丹市伊丹に有岡公園がある。

西鶴織留世乃人心


冨貫の家にうまれ出るは、前生の種也。菟角人は善根をして、家業大事にかくべし。池田・伊丹の賣酒、水より改め、米の吟味、麹を惜まず、さはりある女は蔵に入ず、男も替草履はきて出し入すれば、軒をならべて、今のはんじゃう、舛屋・丸屋・油屋・山本屋・酢屋・大部屋・大和屋・満願寺や・加茂屋・清水屋・此外次第に栄て、上々吉諸白松尾大明神のまもり給へば、千本の椙葉枝をならさぬ時津の国の隠里かくれなし。

津の国のかくれ里より

蕪村自筆書簡


   追 啓
 酒一樽いな河の小魚
 右両品共に六月六日夕かた
 京着いたし神事之間ニ
 合忝存候。しかしいな河の魚ハ
 腐れたゝれて臭気
 甚しく一向やくニ立ず
 四ツ辻へすてさせ申候。捨テニ行
 者鼻をふさき貌を
 肖け候て持出し、飛脚屋より
 持参り候男も道ゝくさきニ
 こまり候よし小言を申候。
 いか様炎熱時節
 所詮京迄ハ持かたく候。
 向後暑中ニ河うをなと
 御登セ被下候義 御無用ニ御座候。
 折角御親切にこゝろを
 御つくし被成候もても用に立不申
 其上駄賃の費 彼是以
 無益之事に御座候。御存意之
 ほとハ甚かたじけなく候。右の
 義申進候事いかゝニ存候へ共
 向後御心得のためニ御座候故
 無遠慮申進候。以上
 蕪村
  六月十九日
  東瓦様
 牡丹切て気の
   おとろひしゆふへ哉
柿衞文庫蔵より

本簡を逸し「追啓」のみ。

年次不詳。筆蹟から晩年のものと推定されるそうだ。

牡丹切て気のおとろひしゆふへ哉」は『蕪村自筆句帳』『落日菴句集』に収録。

安永5年(1776年)の句であるようだ。

奥の細道を慕ふ照顔斉道の記


天は月に遊び地は花に遊ぶをもて風雅の元とす祖翁ハ奥の細道を尋て五七五の作意をいつ迄もつきせぬ余情定め置かれける己も此道をしたはんとて嘉永元申年弥生の空を待兼道祖神のまねきにあひ三りの灸をすゆるより白川の関を越へ松嶋の月を見んと心そゝろに茂助といふ供をつれ杖をとりて

   道ミみや尋る人も千松嶋

と一句を言ふて三月四日早朝より浪花表へ発足す其頃天遊渓斉糸海に逗留 又 糸海の衆中送別の句々左に

はたこ町通り過して花すミれ
  天遊

あかぬ日のあかぬ道なりきしの声
  渓斉

風流の賈客君に似たるは稀なり。遠く名迹を指して旅衣を試す。奇貨居く可し松嶋の翠、牧の尽す毫底嚢を据えて帰る試す

松嶋や雄しまによするしらなみの
   静庵

立ちかへる日をいつとまたまし
   良臣

松の香をしほりに出よ花の中
   太乙

むつのくのつとの花見や嵐山
   ぬか人

      安政二年卯七月   照顔斉画出

「照顔斉道の記」より

中央6丁目へ。

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