『奥の細道』東 北


〜芹沢の滝跡〜

須賀川市五月雨に「芹沢の滝跡」があるというので、行ってみた。


芹沢の滝跡


 「おくのほそ道」の旅で松尾芭蕉と河合曽良の2人は、元禄2年4月22日(陽暦6月9日)、須賀川に至り、相楽等躬宅に7泊した。

 歌仙を2巻まき、神社やお寺を参拝したが、4月27日には「芹沢の滝」を訪れた。(曽良『俳諧書留』

 「芹沢の滝」は、丘陵地の小川が滝をなしている所で、芭蕉たちが訪れた日は、連日の雨で滝の水かさも多く壮観であったと想像される。

 「芹沢の滝」は、もともと現在の場所から東南へ50メートル程の場所にあったが、県道改良工事のため、平成4年11月に移設された。

 須賀川市教育委員会

『曽良随行日記』に「一 廿七日 曇。三つ物ども。芹沢ノ滝ヘ行。」とある。

「芹沢の滝跡」に市原多代女と山辺清民の句碑があった。



往古の五月雨の滝これそ此

齢八十六 多代

五月雨を田に引瀧の水かさ哉

清民

文久元年(1861年)、建立。

 山辺清民の祖先にあたる山辺玉水は相楽等躬の門人。父の山辺応之は二階堂桃祖の門人。

慶応3年(1867年)、75歳で没。

門人に道山壮山がいる。

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