『奥の細道』東 北


〜「新田町」〜

石巻市千石町に「石巻グランドホテル」がある。


「石巻グランドホテル」の前に「新田町」の標柱があった。


 元禄2年(1689年)5月10日「奥の細道」の旅で石巻を訪れた芭蕉と曽良は、日和山から眺望を樂しみ、住吉神社に参詣後、新田町の四兵ヘ宅に1泊した。安永2年3月の「安永風土記書出」には家数52軒と記されている。

石巻市教育委員会

『奥の細道』では12日である。

 十二日、平泉と心ざし、あねはの松・緒だえの橋など聞伝て、人跡稀に雉兎蒭蕘の往かふ道そこともわかず、終に路ふみたがへて、石の巻といふ湊に出。「こがね花咲」とよみて奉たる金花山、海上に見わたし、数百の廻船入江につどひ、人家地をあらそひて、竈の煙立つヾけたり。

「雉兔蒭蕘」(ちとすうじょう)は猟師や木こり・草刈りなどの人々。

源太左衛門のはからいで新田町の「四兵へ」なる人に宿を借りる。

刀さしたる道行人、年五十七、八、此躰を憐テ、知人ノ方へ壱町程立帰、同道シテ湯を可与由ヲ頼。又、石ノ巻ニテ新田町四兵へと尋、宿可借之由云テ去ル。名ヲ問、ねこ村(小野ノ近ク)、コンノ源太左衛門殿。如教、四兵へ尋テ宿ス。着ノ後、小雨ス。 頓而止ム。

『曽良随行日記』

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