2015年北海道

松前城〜松前公園〜
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松前町字松城に松前公園がある。


松前公園に松前城がある。


松前城(福山城―国指定史跡)

 今から約700年以前の鎌倉時代から和人が移住し、戦国時代の終り頃には和人政権の拠点となり、その後、武田信広(松前家始祖)がコシャマインの戦(1457年)を平定し、蛎崎家を継ぎ、その子光広(松前家二世)以降代々福山館ができるまで大館に城を築いていた。五世慶広の時、松前氏に改め、幕府より蝦夷地における支配権を認められ、松前藩が成立。

 十七世崇広が徳川幕府から北辺警備の命を受け、高崎藩の市川一学の設計により安政元年(1854年)に日本最後の旧式築城として完成したもので、約7万6千平方メートルを有する堂々たる城郭であった。特に城内に砲台を備え、一見簡素に見える天守閣も、火器戦争には最もがん丈な意匠構造で、従来の日本式に西洋式が加味されている点は、全国的にも特異な城である。その背景には、ロシアの南下など外国船の日本侵略を防ぐ目的があって、松前城は北辺警備の重大な役割を果たしていた。

 現在の天守閣は、昭和36年に再建されたものである。

松前町

 天明8年(1788年)7月14日、菅江真澄三廐から松前に渡る。

 文化4年(1807年)、蝦夷地全島幕府の直轄となる。松前藩奥州柳川に移封。

 文政4年(1821年)、松前藩旧領地復領を許される。

 明治元年(1868年)11月、榎本軍福山城を陥落。

 明治2年(1869年)、官軍福山城を復す。

松前公園に松前神社がある。

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