2025年広 島
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平和大通り〜移動演劇さくら隊原爆殉難の碑〜

広島市の平和大通りにラ・パンセ(瞑想)の像がある。


昭和28年(1953年)7月、設置。柳原義達制作。

左側から
   
右側から

   


同じ像でも、その時々で様子が変わる

。 移動演劇さくら隊原爆殉難の碑


移動演劇さくら隊原爆殉難の碑の由来

 移動演劇さくら隊原爆殉難の碑は、原爆投下から6年後の昭和26年(1951年)8月、中国新聞社芸能記者の人達によって「丸山定夫・園井恵子 追慕の碑」として、白いペンキ塗りの質素な木の碑として新川場町のどぶ川のほとりに立てられました。

 それから4年後の昭和30年(1955年)8月、第1回原水爆禁止世界大会が開かれましたが、どの日、この碑の「移動演劇さくら隊原爆殉難碑」の除幕式がおこなわれました。

 碑の建設に当たっては、劇団俳優座の永田靖氏をはじめ徳川夢声、八田元夫、山本安英の各氏が中心となって広く新劇人へ呼びかけられ、新制作座・文学座・俳優座・ぶどうの会・民藝・中央芸術劇場の6劇団と「演劇人戦争犠牲者記念会」の協力によって建立されました。

 1982年、この碑の管理を日本新劇団協議会から広島市民劇場に委託されました。

2000年8月 広島市民劇場

シシンヨウビルへ。

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