鳥越等哉



『潮のはな』(等裁編)

 嘉永3年(1850年)10月、仁賀保町平沢(現にかほ市平沢)の俳人水月らが平沢海岸の金毘羅山に芭蕉の句碑を建立した記念集。



疑ふなうしほの花もうらの春

断橋一具序。佳峰園等裁跋。

出羽の国由利郡平沢の里に、乾坤無住の笠のしたたりにうるほひ、萌いづる芭蕉の一枝、とし月を経るまゝに、虚空を凌ぐばかり生ひ茂り、その下蔭に遊びて、姦詐邪恣のあだし人をうちやらひ、花ほととぎすをうたげの友として、風塵にまみれず、世をやすう春秋を送りむかへるものから、是すなはち祖翁のかぎりなきいつくしみのたまものにし侍れば、その恩徳をむくゆるよすがにもとて

   うたがふな潮の花も浦の春

この吟藻を石にゑりて、金毘羅山の平らかなる所に建られしとかや。そのよし海内同盟の諸風士にもしらせまほしとて、こたび一ツの草紙をつゞり、はじめに物しるしてよと、佳峰子にあとらへて、乞[は]るゝにまかせ、老ぼれたるちぎれ筆のむつかしきをもかへりみず、かいしるすことのは

古稀 断橋一具

   脇 起

疑ふな潮の花も浦の春


 につと出る日の東風静なり
 佳峰

行もどり万歳どもの音信て
 水月



   海内声応

腰つよく一ツ葉たてり五月雨
   
 梅室

山の井や覗けば昼も秋の月
   大坂
 鼎左

暮しほに灯ひとつ見へて雪の山
   伊丹
 曲阜

空は地へ下[り]た気色や雪の朝
 太乙

帷子や青葉のすけるかけ処
   尾張
 而后

初秋の雨漏受をはづれけり
   信濃
 葛古

澄にごり空のものなり利根の秋
   武蔵
 五渡

青空やもみぢちらつく朝神事
   江戸
 見外

嬉しさの人にもいへず露の音
 松什

中高に流れも見へて天の川
 卓郎

能なしの身にこたえけり鵙の声
 由誓

鳥もまた寝に来ぬ木より后の月
 西馬

鳩吹はあの男かや森を出る
 一具

青鷺の冠毛光る日の出かな
 梅笠

名人も人も定まる夜半哉
 逸渕

菜大根に冨て手ぜまや霜の宿
 佳峰

試みに吹[け]ばあはすや水鶏笛
   陸奥
 宗古

そら沸のする湯の音や霞む朝
 舎用

遊ぶ日の数へあまりていねつみぬ
 禾月

ひとつづゝ脱しかけふは更衣
多代女

旅は猶寝覚の里や時鳥
 清民

かへす声行群つれて子規
 遜阿

よそへ出て我門へ見ん初霞
   箱館
 北崕

樵らずとも年木の足るや炭かしら
 草キョ

炭はかるうしろや月は山離れ
 出羽秋田
 素山

ちさい手でよう物書[く]や星祭
   米沢
 瑕山

煤掃て書直しけり種俵
   館岡
 二丘

建札もあらたにみえて梅の花
   平沢
 水月

いぬる頃、出羽の平沢に杖をとゞめる折しも、社友挙て祖翁の句を碑にいとなまむと、殊にふとしく滑らかなる石をもとめて、此おもてに筆を乞[は]るゝ。其志の浅からぬにいなにかねて、拙きを忘れ、いと憚り多きを顧みず、二見の名吟をしるせしに、夫をあまねく同好の士にもしらせまほしとて、小冊をつゞるに、さきの因みあれば、是をも黙止がたくて、撰者とはなりぬ。

佳峰園等裁

   嘉永三年初冬

鳥越等哉に戻る