俳 書

『漆川集』(土明撰)



宝永3年(1706年)、『漆川集』刊。(土明撰)朱拙序。土明跋。

土明は筑前嘉麻郡(現在の嘉穂郡)稲築村漆生の人。姓野見山、名源太夫。

   名   所
   芭蕉老人
箱根越す人もあるらし今朝の雪

    天和の初の吟なるよし

   芭蕉菴眺望

葛飾の郡はなれし花の雲
   江戸
 杉風

    化粧水、横まくら、念仏水と
    いふは豊後の名蹤なりと
    朱拙か文に聞えけれは

蝶々の花にはこふや化粧水
   伊賀
 土芳

あはれ露一粒撰に横まくら
   
 半殘

   辛崎のあたりに吟行して

真野は二度勢多には今や初時雨
   江戸
 野坡

定宿に星も休や鏡やま
   尾州
 露川

夏浅し朧もはけす淡路島
   美濃
 木因

 餞別留別贈答

    崎水の宇鹿と、ふこの地に
    別るとて

とせう骨定めて春ハ花わたり
   豊後
 朱拙

   西国へ行人に

鯛の背を詠めてすゝめ汐の旅
   膳所
 洒堂

   江戸を出ける時

山雀の家を尋ぬる霜路哉
 野坡

   博多を出るとて

笠の端や昼中暮て汗拭
 土明

    伊勢の凉菟我か郷に
    年をへ睦月の十日あまり
    肥後の方に赴けるに

蓑虫の荷は軽みたり雪なたれ
 朱拙

    千川か江戸へまかりけるに
    酒の事なといましめるとて

今は色時に鰹や鴻の池
 荊口

   参官の人に

若竹や頭をのしあけて日和雲
 丈草

    遠州嶋田の夜泊は塚本氏
    の家を尋ぬへかりしを夜
    ふけたれハ腋宿に泊り
    けるにおくり物なとありし
    かへしに

有宿を忘れて霜の薄着哉
 野坡

 哀傷 并 懐旧

   憶丈草

ちる花を狂ひ残してはなれ猪
 洒堂

   悼去来

眼を明て思案も出来す菊の宿
 朱拙

    今年五月の七日老杜か
    わすれかたみとももてなし
    つるおの童をうしなひて

若竹や袖にはり合水の玉
 朱拙

    朱拙のぬし愛子の別に
    籠り居られし折から
    我も此里に旅ねして

籠り居る人なくさめよ花あふひ
   美濃
 魯九

 祝   言

日の春を豊に鶴の歩みかな
   江戸
 其角

   稚子を愛して

正月を出して見せうそ鏡もち
   
 去来

 若 葉 ハ

土あそひはしむる鳥の若な哉
  豊後婦
 りん

 梅   ハ

里の子よ鞭おり残せ梅の花
 翁

    天和のはしめ浪士なにかしの
    もとにての吟なり

山雀の扶持はなされか梅の花
   三河
 白雪

またさかぬ梅の梢や三かの月
 諷竹

枝々の有たけ梅の月夜かな
 野坡

 春 雨 ハ

春さめや畠の土のゆすり合
 丈屮

そは切の腹は分ンなり春の雨
 野坡

 花   は

大和路を花順礼と名乗らはや
 正秀

春の日に桜は餅に砂糖哉
 野坡

桑の蓑の着そめや腹赤釣
   江戸
 吏邦
(ママ)
饅頭をならせうならは柳哉
   美濃
 如行

 水 鶏 は

   肥前の舟中口号

世を海に高飛したるくゐな哉
 去来

夜あるきに母寝させつる水鶏哉
 其角

 ほたるは

石菖に螢のほしき夕かな
 杉風

十六夜や峯片わけてほとゝきす
   豊後
 野紅

 槿   花

看経の間をあさかほの盛哉
 許六

 茸   狩

松たけやおなし寒さにをなし色
 浪化

 里   は

相伴に野上の月や不破の蓑
   濃州
 千川

名月や照られて沈む山の形
   豊後
 馬貞

あると有物を今宵の月のため
 野坡

 百 舌 鳥

馬買ふて打乗上や鵙の声
   長崎
 卯七

 九   日

賑かて亦静にて菊はたけ
 杉風

かも瓜のあたまからちる柳哉
 丈屮

萩薄声聞分る兎かな
 杉風

 時   鳥

てんてんに夜明る星と時雨かな
 野坡

八専のそらにさし込時雨哉
   尾州
 素覧

 京 に て

宿酒のあまり見出しつ村しくれ
 丈屮

 雪あられ霜

初雪や中間破して日照雲
   伊勢
 凉兎

引懸て股野を投けし竹の雪
 其角

 寒さといふにて

一人にも逢ハぬ野原の寒かな
 杉風

    子共やとひて町屋に
    つかはしたるに遅う帰り
    けれは

藍瓶に切レをうしなふ寒さ哉
 丈屮

 餅 つ き

妹か子やはしかみといてもちの番
 其角

薄着する人とおもふかちる木の葉
   肥後
 使帆

爰に来て我狂ハせよちる木の葉
  大津尼
 智月

 鷦   鷯

  無名庵にある比

みそさゝゐ我鍋つかみ見てくれな
 惟然

時雨れうとおもふて咲や枇杷の花
 野坡

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