倉田葛三



『筑紫みやげ』(水篶家葛古梓)

 文化6年(1809年)8月、倉田葛三は遠藤雉啄を伴い九州・四国を行脚。

 文政6年(1823年)、葛三七回忌に葛古が上梓。雉啄序。雨塘跋。

   尾張の巻

八朔や松の位がほの見ゆる
   葛三

ひやりと鶴の雲に添行
   孔阜

月の舟池の向ふへつきやりて
   士朗



走り出て月に雨はく小庭かな
   士朗

ひと走りするや山路の小夜碪
   岳輅

けふとくれて翌またけふの芒哉
   秋挙

旅人の機嫌直しぬ啼水鶏
   卓池

   伊勢の巻

稲の香や四五日やすむ旅こゝろ
   葛三

松を見に出る軒の宵月
   椿堂



   ひ ろ 嶋

      多賀庵にて

胝の愈て年する奢り哉
   葛三

曲突の火はしの寒き物音
   玄蛙



   御手洗 二畳庵

晴て行桴の鼻や皐月川
   雉啄

鳥か飛ても明る夏の夜
   樗堂

草笛のひとふしあすは曲もなし
   葛三



しなぬ人葛古草庵の年越客なりけり正月九日古郷のかたへまかるとて雉啄か馬入川のほとりまて送る

裏白を笠にぬふへきよしもかな
   葛三

よせてはかへす磯波の春
   葛古

三毬打の水祝ひのといそかれて
   雉啄

といひつゝ来り
   鼻うちかみける嬉し
      さも さて泣くさの数にはなりぬ

筑紫みやけをひらきて、七とせをまつらる葛三、まつる葛古、いつれ翁の心にかなひつれは仏のみちに因縁あることうたかふべくもなし。此日墓前に箒とるは今の鴫たつ庵雉啄なり。うちこそりうちあつまり、ひとつこゝろにおもひよりて集のおはりに合爪するは下つふさの雨塘也

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