川村碩布



『春秋稿』(第八編)

文政7年(1824年)、『春秋稿』(第八編)刊。川村碩布編。桜井梅室序。

『春秋稿』(第八編)上

人恋しひとぼしころをさくらちる

  佃島にて

夜の灯やここすみよしも蜀帝魂(ほととぎす)

かねの声ゆくはるよりも行秋ぞ

裏おもて木の葉うかべるさび江哉



文政六年癸未秋九月十三日於鮫洲
海晏精舎祭于白雄居士三十三回忌



   當日追福


月紅葉さなからけふの手向哉
   雪雄

ますものはつゆ斗り也後の月
   碩布



   なき人のくさぐさ


浅茅生に降しづまりしあられ哉
   春鴻

うめが香や昼は心のさはがしき
   梨翁

きくからに撰(えらみ)すてべき虫もなし
    しをり

風はやしより羽乱るゝ磯の雁
   長翠

世の中のよきにつれたるすゝき哉
   葛三

ほたる呼艸植たれば蚊がこぞる
   其堂

温泉車(ゆぐるま)の米にもなれてけさの秋
   巣兆

霞より降ぞ誠にはるの雨
   道彦




 摂津

氷やらのぼり兼たり峯の月
   月居

どの草がすみれになるぞ庭の雨
   一肖


 近江

洗ひ苧のむしろに寒し椎が本
   閑斎

春の雨はつ瀬に袖をぬらしけり
   しう女


 尾張

牛道の水すむ暮や飛ほたる
   而后


 三河

老ぬればおくるゝもよし衣更
   卓池

へら踏で背戸へ抜行きゞす哉
   穐挙


 甲斐

帋子きて俳諧もせずえびす講
   嵐外

西に向てひがしに向て夏の夜や
   漫々

山淋し水さびし里は盆の月
   蟹守


 安キ

鹿啼やものうたがひは夜の癖
   玄蛙


 播磨

淋しさやほたる所の夜の雨
   玉屑



春秋庵のために碩布先生江戸住居するの嬉しさやまひもうちわすれて

此夏の十とせはたとせ遅かりし 葛三

『春秋稿』(第八編)下


 信濃

きのふ迄見しを乙鳥(つばめ)の虚巣かな
   トクラ 八郎

旭かげ牡丹にみこす草はなし
   イナ 舜齢

朝がほやとりつくものも草の花
   スワ 若人

有合の山ですますやけふの月
   柏ハラ 一茶

白げしの白きにまけて人恋し
   善光寺 武曰

我庵は人のかはりにかんこどり
    文路

かんこどり我身ひとつの暮なるか
   ハセ 超悟

二色の外は気まゝよきくの花
   サカキ 雨紅

村雨の跡も日ながき四月哉
   上田 水翁

ゆく先に住たくなりぬ弥生空
    露丸

よき人はことばすくなし桐一葉
    玉蓬

何事もなく降出して秋の雨
   サク 葛古

はつ雪や鴨も尾花も見えてふる
    魯恭


 上野

寒食の日に小鳥らとあそびけり
    竹烟

持出して淋しみの付なづなかな
   ヌマタ 乙人

なのはなのこぼれかゝるや送り膳
   シハサキ 心足


 陸奥

朝すゞし枕のぬかのこぼれくち
   仙タイ 雄淵

どの花がきのふの花ぞかきつばた
 馬年

立よれば名月もたぬ松もなし
    曰人

けむるなよ花の遠山見えずなる
 きよ女

聞う迚(とて)そら寐したぞやきりぎりす
 百非

ぼちぼちと居た音すなり春の鴨
 亀丸

     (ママ)
卯月とは花に別し名成べし
   モトヤマ 冥々

をみなへしこよひの明たばかり也
   スカ川 たよ女

人にやる菊とて別の色もなし
    雨考

一粒もなげやりはなし草の露
   白いし 太呂

鼡尾花(みそはぎ)をあかの他人にもらひけり
   フクシマ 夢南

三日月になるや牡丹の気草臥
   マツマイ 布席

眼に見えて心に寒し石蕗(つわ)の花
 草キョ
(※「王」+「居」)

 常陸

おもふより安く折せるぼたん哉
   小川 よし香

燕のあらしを艸にかくれけり
    松江

まつ人のほのぼのみゆる芒かな
   タケタ 由之

眼もはなも撫てかぶるや朝やなぎ
   水戸 湖中

てふの夢八十嶌かけてしづかなり
   ホツクラ 李尺


 下総

正月のうちは橋あり神の梅
   ソカノ 雨塘

わたくしに手も添られず牡丹散
   テウシ 桂丸

十六夜や隠して戻る馬の足
    李峰

ひともとの花をうつして涼み哉
   モリヤ 鶴老


 上総

かへり花水は冬にて流れける
    白老


 安房

置土のおちつく四月なかばかな
    杉長


 相模

青梅や気のへる程にかき寄る
    雉啄

蔓艸やどこ迄延て盆になる
   ヲキノ 銅々

秋の夜や祖父のかたみの松の声
    宣頂


 武蔵

折あふせて寒くなりけり花木槿
    柴雨

夜に入てしきりなりけり雪しづく
    青荷

よの中に捨るものなき寒さ哉
   メノマ 五渡

はるの日のくるゝ眼当や波の鴨
   エノキト 玉芝

みだれたる後や久しき女良花
   女 耕雪

鴨なども来たやうす也風の音
   タカシマ 溪斉

すみやかに秋は来にけり人のうへ
    宝水

鳥の寐し小田からも来る寒さ哉
   所サワ 里恵女


 江戸

月をまつ手は揃ひけり四ツの海
    鴬笠

萩さくやあるにまかせし客の膳
    應々

くたびれるものよ芥子もつ道すがら
    蕉雨

見ぬ国の多さに寒し春の月
    碓嶺

若松といふがあればや初がすみ
    護物

松に日はさせどもつまぬ若な哉
    車両

春嬉し霞の門のたてわすれ
    鞠塢

雨のさくらおもく冷たく散にけり
    抱儀

行春や鶉見らるゝ鼠宿
    詠帰

生鯛の背にのせてやる花柚哉
    蓼松

春のくさの待ほどもなく花咲ぬ
    久蔵

ふるまひや扇をならす秋の暮
    雪雄



 横川の関、横川の橋打渡りて、坂本の駅に伏。

 夜一夜降明したる雨の、葩(はなやか)なる旭にふりかへて、そゝろめてたき旦なりけり。

 扨、臼井の難所にかゝるに、雨後の若は面を覆ひ、腰袋ゆり直すいとまもなく、たとるたとる靄を踏てのほる。

時鳥舞遊ふかと思ひけり

 老か突杖かひなくも、蚋を拂て軽井沢に膝を憩ふ。

近よりて見えぬ浅間の暑さ哉

 小諸なる魯恭が亭に、夏日の労をわする。

庭鳥にふまるゝ水も泉かな

 布引山園通閣

みとせ経て折々さらす布引をけふたちそめていつか来て見ぬ

 此歌山家集に見えず。しらず法師の作にや。

 上田の樹下、夏炉庵水翁を訪ふに、主のそふりよくよく見れハ、むかしの兀雨坊なり。

花橘一はなつゝのなみたなる

      塩尻鼠宿の間

馬士か取次をするうちハかな

坂木の宿くねり過て、漸、雨紅か軒を見出す。

 十六夜塚を拝し、姨捨山を栞に、虎杖庵に着ぬ。先、梨翁墓に香をひねりて、

蛍火も田に呼水も手むけ哉

 丹波嶌わたりなし、川に添てのぼる。二里ばかりにしてさとあり。

船頭も田植して居る小市かな

 よし光寺は、布金の霊場にして、龕前のしめやかなる事、うけたまはるにまさりぬ。燃燈の光り、鳧鐘の響ハさら也。悲智兼運して、雲霞の老若念珠をつまくり、寂黙せさるはなし。されは、此国界をはなるゝ事、今日にありや。九品蓮臺の生、此国界にありや。

夏の夜のたゝたゝ深くなりにけり

 文政甲申の水無月、矢立の墨尽て、武曰か庵に筆を投る。

春秋庵碩布

枕にと思ふ草よりけふの月
   可布

見とゞけて猶はかられぬ山の秋
   碩布

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