五味可都里

『諏訪道之記』


 天明2年(1782年)4月10日から23日まで五味可都里が作良を伴ない信州諏訪・佐久及び上州妙義・榛名を旅した折の紀行文。

ことし卯月の初めつかた、名にしあふ諏訪の祭にもうでんと真幸・卜尓の両子、いとねんごろになん誘引給ふに、予もひたすら心ざし有ければ、そぞろに思ひ立けらし。宵よりわらじうち、風呂敷などかゝげて、いさゝか旅の用意をなしぬ。明れば十日の暁雨さへ降、目にふるゝ物青々としていとうれしきに、卜尓来りて、いざやまいらむなど聞へければ、各々に別をなして、村端まで出る。

十一日、泊の駅を出れば、雨そよ降出し、甲信の境山口の関を過る比しはしきりにふりすさみければ、それより蓑を打着て津瀧にいたる。爰にて卜尓伯子貴同子息に出合、きのふ古郷を出し時の物語などして、しばらく茶店に盃をまはす。雨も小止ば、それより虎松を馬に乗せて人□は先へ行ぬ。三人は跡よりたどりて、山路にかゝる比しは雨晴て四方にしら雲みだるゝ。

   雲ちりぢりに日の影うつる若葉かな

程へて金沢のの宿にいたる。それより諏訪の城下へ申の上刻ばかりに着。布屋松之助にやどる。

高島城


十二日、布屋のあるじにいざなはれ、各々明神の宮に参詣して神殿を拝し、それより桟敷に友なひあるじさまざまになんもてなし侍る。

当宮の祭は七としをめぐりて、卯月初の寅の日、御柱とて三丈余の大木を引て神宮寺より祭の義式あり。はた一里が間両側に桟敷をかけ、参詣の貴賤群なして立騒声は、山彦にこたへて暫時もやむ事なし。

されば其心まめやかにして、いとをかしくぞ覚。とある折々は盃を取て興じつゝ、簾かけに膝并て日をくらす。

   諸人や声すみわたる夏祭

十三日、布屋を出、よね屋に入て蔡莪・東隈・蓼左の面々にまみへ、しばらく語る。けふは天気もよし、舟遊のもよふせむなど聞て、ともに湖水の浪打ぎはに至。蓙うち敷、盃を取て別ををしむ。

   萍の濡るゝ袂や旅わかれ

人々はかの一興もよふほしそれより善光寺におもむく。みたりは舟に乗り湖の気色はなやかに漣よする遠近に網引する舟の人呼かはし、さほさしめぐる風情、いとをかしく詠みつゝ、下の諏訪に至。茶店にしばらく休らひ酒うちのみ、それより各々大肌ぬぎになり、和田峠にのぞむ。此峠は上下弐里半にして左に山川流れたり。数百歩過てかのながれをわたり、それより右に見なす山をめぐるも、八重はた重也。つかれたる折々は茶店に酒をくみ、あるは見もしらぬ道心などをはなしなぐさみつゝ、酉の下刻ばかりに和田の駅に着。増やにとまる。

国史跡中山道和田宿本陣


十四日、増屋を出れば、とある座敷の人々多が中に手招者あり。あやしみて近寄見れば、十一日津瀧にて先へ立たる清兵衛の父子也。そゞろになつかしく此ほど待かはしたるなど語て、それより同じ度寝にむすぼる。永久保峠より雨ふり、芦田を過、名にしあふ望月の駅に至比は、雨いたく降蓑を遠し衣をぬらしければ、茶店に入て酒をくむ。

   望月や駒を向かへんなつの旅

それより八幡の駅に午の刻の比着。油屋にとまる。

中山道八幡宿本陣跡


十五日、八幡を出て汐名田にかゝり、千曲川を渡りて岩村田を過、小田井の駅にいたる。きのふの雨清らにはれていとうれしく、茶店に入て各々盃をとる。それよろ原にかゝり、爰にて浅間がたけを眼前に見なし、しばらく石上に腰打かけ、業平の中将の見やはとがめんと詠じられしむかしを思ひ出て、

   かはらずにさしも浅間の煙かな

ほどなく追分に至、それよりくつかけを過かるゐ沢の駅へ申の刻の比着。三度屋に泊。

浅間山


十六日、泊の駅を出て、上信の境笛吹峠を越て坂下の駅に至。それより卜尓・左久良は少し先へ立て、横川の関屋を通り、未の刻ばかりに妙義の永楽屋に着。ほどなく人々来る。権現へ参宮し、神前に膝間付て、静に拝し侍る。

   御鏡に清くもうつるあふぎ哉

当社は詞にものべがたき御像栄也。

十七日、永楽屋を出る。山下なれば、時ならず薄ぎり四方に覆ふて、さながら雨天のごとし。しかあれども当国一宮に参詣せんと、各々まかる。巳の刻の比、一宮に至。神殿を拝し、それより午の刻ばかりに松井田の駅に至。茶店に入り、しばしの時をうつし、それより雨ふれければ、虎松を駕に乗せて弐里の山路を通り、申の刻ばかりに秋間三軒茶屋にやどる。

十八日、三軒茶屋を出て三の尾里峠にのぞめば、むら雨して時鳥数々鳴ければよめる。

   行ちがふ雲のまぎれにほとゝぎ

す それより榛名の宿へ巳の刻ばかりに至、参社して拝し侍る。山は四方にそばだちかへしたり。社殿の後に四五丈高き石あり。うへにかさあり、中ほどに幣たてり。すごき事眼をなやます。此外あまた有といへ共、書あらはしがたき景山とかや。此日神楽あり。宜禰が袖ふる鈴の音、笛太鼓の拍子は、ちまたすみわたりていと面白くぞおぼゆ。

   心まですむや卯月のかみ神楽

それより下向に趣。真幸・左久良は馬に乗り弐里余過て馬より下り、三の尾峠を越へ松井田の駅に酉の刻の比着。糸屋にやどる。

本殿奥の御姿岩


十九日、松井田より、卜尓・作良は馬にまたがり横川に至。馬より下り、関屋を通り坂下に至。それより真幸は駕にのり、笛吹峠を越へ、かるゐ沢を通り、追分に着。甲州にとまる。

廿日、小田井を通り、岩村田に至。これより長沢筋にかゝり、猿倉。

五味可都里に戻る