不二庵風五

『水蛙集』

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不二庵風五の自筆。

不二庵風五は山形旅篭町の小林風五。美濃派の俳人。白雪庵。

三編 明和8年(1771年)〜安永5年(1776年)

五編 天明2年(1782年)〜天明5年(1785年)

水蛙集(三編) 自明和八辛卯春 至安永五丙申秋

淡井斎風後

三十歳

歳 旦

去歳の春、雪炊庵の阿叟より白雪庵の号を恵まれしか、元より雪国の雪は常なからあらたまる春の朝日影に、茅屋の軒のつまもいささか栄へ栄へしく覚えらるるにそ

求めすと此白雪を花の春

初会、山皓亭、正月七日、雨声庵初会に招かれて、かわらぬ社中の人々の談笑に興じ侍るにぞ

七くさや心そろえば言の葉も

   けふは山皓子の初会に遊ひて
   かはらぬ道の栄をことふく

又もとるとしの麓に若葉かな

   壺中師三回忌

さてもさてもとつまむや塚の苔の花

   かはらす雨声庵の初会に招かれて

けふそけふそ無味を味ふ薺粥

   緒たへの橋 古川ニアリ

市馬に緒絶の橋や秋の塵

   高 舘 伽羅楽の花

御所跡や苔も其の世の錦かと

   衣 川

夕風や身にしむ旅の衣川

   光 堂 金色堂

傾く日の惜しさや秋の光堂

吹入れて秋風さひし光堂

水蛙集(五編) 自 壬寅 至 丙午

天明二壬寅

寒河江へ趣く道すからなる舟町の文和子を尋るに、しいて一夜の逗留をと引留らるゝ親切に心弱りて、

此亭にとゝまる即興

涼しさについ草鞋とく木蔭かな

長州なる菊車信尼は往返千里の長途を遠しとせす、鸞祖の旧蹤を拝み巡り、俳社の風人を尋訪ひ、尚はた松嶋・蚶潟に故翁杖の跡をゆかしみつゝ、丈夫にまされる風雅のやつれをかへすかへす感し侍りて

月や澄ん心の奥の細道も

   挨 拶

待受て野山の錦問ふ日かな
   白糸

菊車尼の慈父耳順の賀句を乞はれて

汲て祝へ今養老の新酒とも

健かな老ふりみせて秋日和
   白糸

長月末の九日、松嶋のかたへ趣るゝ菊車尼を送りて

恙あらじ神の跡追ふ旅の笠

玉川の霧にも笠は隠れじな
   白糸

天明三癸卯年

舟町なる文和・李芳・野柳の三子、神風やいせ路の旅寐思ひたちて、春もやゝけしきとゝなふ頃なるへし、其事を囁き申さるゝに、幸いことし洛東双林寺にして先師の石碑供養あるへきよし、傘狂師より消息の届ける折ふしなるにそ、予に加はりて其清筵につらなり、傘師の厚意を謝し呉られよかしなと、一片の心を此三子にわかちあつらへて、ともに心悦はしく郊外に送り出る日は、如月も始の九日也けり

目出たしと山も笑はん笠の出立

花洛神都の経廻も恙なく、東武に傘狂師の旅窓をも訪ひ、尚また諸邦なる予か旧交の言伝をも預り、宗匠の書を袖にして、白雪庵の柴扉を音信らるゝ文和子の帰郷を祝ひ迎侍りて

床しかった事も山々時鳥

七月四、五日関東諸邦大降沙石。田圃悉埋之。深三、四尺計。又浅間獄大焼。震動如雷鳴。群獣恐怖出山。人民触之死傷多。天暗如夜。大風破損人家。沙如雪積数尺云。

   林崎村を過て壺中老人の墳墓を尋ぬ

露深き塚にしほりぬ汗拭う