半場里丸

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『杉間集』

 文政9年(1826年)10月15日、芭蕉翁百三十三回の遠忌を記念して半場里丸は芭蕉句碑建立。



こからしに岩吹き尖る杉間哉

その記念句集である。

文政9年(1826年)3月、さるみの老人序。

寛和の帝三熊野に行幸ありてより普陀らくや那智を始として三十三所を巡拝する事世の人の累徳とそなせりける想に三十三所は大悲応化の三十三身に配せるものならむ凡坂東にも此札所といふ事いできて草枕秋の野の露にぬれ伝ひ順行をつとむるもの今の世にも既に多し上総の国に三所ありなかにつきてふたつの寺にはみなはせを塚ありてひとり清水寺のみこの塚なし行川のさと丸随従の風士此事をうらみてことし筑む事をはかるいてや三所に此塚ありなは俳諧の札所といはむもまた興あるわさなるへしまろやさきに雪のかつら集を編て六十余州の作者をしるせり今又西国坂東の佳作を拾ふて此塚の栞となせりさきの集といひ今の集といひともに旅寝のしわさなれは風月のゆかりこからしの末まて残し留るの志いとねもころになむ其あらましを巻の始に述

   文政九丙戌とし弥生日

さるみの老人

木枯に岩吹尖る杉間かな
    はせを

 三日月ひくう氷る脣
    里丸

としとし壁につるす穂俵
    護物



鳥追ん身は萩荻の案山子なる
    碓嶺

 露の葉柴を匂はせて焚
    里丸

裏山の鞍壷形に月出て
    雪雄



   五畿内

藁塚に塒(ねぐら)はなさて小夜千鳥
    雪雄

遅桜茄子はきのふ喰ひけるに
   摂津 奇淵

   東海道

帰花さても人はと思ふなりBR> 杉長

むら雨の匂ひいやしや花芒
   ミカハ 卓池

暮の春宇治の橋守老にけり
   カヒ 漫々

懐にものなしとまて夕すゝみBR>    蟹守

長き夜を我にともなふ蚯蚓かな
   イツ 一瓢

散さまもなくて涼しや藻の流
   サカミ 雉啄

世はさため有もの花に啌のなき
   ムサシ 万里

耳なしの山の梔(くちなし)秋たちぬ
    寥松

蚤取て居れは秋たつ衣かな
    鶯笠

鶯の妻やら青し薮の鳥
    蕉雨

閑古鳥松に隠るゝ意地もなき
    護物

身をしらぬものこそなけれ虫の蓑
    何丸

山一ッきえ二ッ消秋の暮
    兀雨

あの雲はそれる雲とて冷し瓜
   アワ 鳥周

茶の花の雨くむ裏家背戸家かな
    馬適

正月や奇麗に捨し海老の殻
    風至

七十のいてものみせん土竜うち
    白老

如月の空を出て見よ袋蜘
    里丸

はつ袷蓑の下には長過る
   下サ 雨塘

盆過やきのふの日さへ遠くなる
    桂丸

蓑虫のとも鳴するか山の月
    李峰

初雁や目見へに歩行酒杜氏
   ヒタチ 凉谷

   東山道

乾くまて蝿はる庭や若葉吹
   シナノ 一茶

降止し夜も春雨の降こゝろ
    若人

二日ほと小はるの日和夜に入し
    乙人

寝入間は鳴て居よかし小田の雁
   ムツ 曰人

蒲公英やはしめて働(うこ)く峰の雲
    一具

   北陸道

妻星の光り残るや軒の艸
   若サ 素玩

   山陽道

白過て解るか梅の朝雫
   アキ 玄蛙



青空や空や葉月の天の河
    文守

行雁に来るや南部の子牽牛
    里遊

国近くなるほと旅の夜寒哉
    一白

八朔や提て見せたる穂の雫
    一艸

鴛の妻の思ひは闇の松風か
    抱儀

   大井川渡る時

死(な)は夏三途の川も丸裸
   粟津 閑斎

我齢翁祭るも人次第
  七十二齢 里丸

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