服部土芳
『蕉翁句集草稿』
○ばせを野分盥に雨を聴夜哉 |
此句初は、ばせを野分してと有。後直る。天和三年冬深川庵急火に(かこ)まれ、潮にひたり、命あやうしと也。その次のとし夏半、甲斐が根にくらして、富士の雪のミつれなければと、それより昔の跡に立帰、焼原の旧草に庵を結び、一株(※「株」=「木」+「無」)芭蕉を植へて雨中の吟、盥に雨を聞夜哉と有。是よりをのづからばせを翁と云也。 |
あさむつや月見の旅の明はなれ |
此句白船集ニ前書有。若、翁か。左に記す。 |
浅水のはしを渡る。時俗あさうづといふ。清少納言の橋はとあり(ママ)一条、あさむつのとかける處なり。 |
○明ぼのや廿七夜も三日の月 |
此句、常陸へまかりける船中にしてと有。五文字明ぼのやと有。 |
○武蔵野古菴近き長溪寺の禅師ハ亡師年比の懇也。杉風かの寺に一塚を築て、更に宗祇のやどり哉とかゝれたる一帋を壺中に治メ、此塚のあるじとなせり。霜がれのばせを植し発句塚、と杉風句あり。堂の南ノ方ニ塚アリ。発句塚ト云。 ○鶯を魂にねふるか矯柳 |
此句虚栗に、鶯の、と有。違也。 |
○世にふるも更に宗祇のやどり哉 |
此句笈日記ニ、世の中と有。白船ニ時雨哉と有。いづれも違也。 |
○木がらしの身は竹斎に似たる哉 |
此句冬の日と云集、前書有。狂句凩と有。はじめは冬の日のごとし。後直り侍る。 |
○萩原や一夜はやどせ山の犬 |
白船に云、狼も一夜はやどせ萩が本」とも聞ゆ。笈日記ニハ、芦の本(ママ)と有。 |
○花に遊ふ虻なくらひそ友すゞめ |
此句笈日記ニ、花を吸と有。違也。直聞、はじめは、虻なつかミそ也。後直るか。 |
○樫の木の花にかまハぬ姿かな |
此句阿ら野集ニ、橿の木と有。違也。 |
○何事の見たてにも似ず三日の月 |
此句笈日記に、大曽祢成就院の帰さにと有。上の五、ある(ママ)と有見たてとあり。白船にハありとあるたとへにも似ず有。爰に云るハ阿羅野の句也。実(ママ)をしらず。 |
○いざさらば雪見にころぶ所迄 |
此句阿ら野に、いざゆかんと有。違也。 |
○面白うてやがて悲しき鵜飼哉 |
此直に聞句也。阿羅野ハ鵜舟哉と有。初禅(ママ)ニハ面白うやがてと有。 |
○ひよろひよろとなほ露けしや女郎花 |
此句みのゝくにより更科の月に旅立侍る時也。笈日記にハこけて露けしと有。違也。 |
かれ枝に烏のとまりけり秋のくれ |
此句白船集ニ、秋のくれとハと前書有。 |
十六夜もまだ更科の郡哉 |
是越人とおば捨月見の時也。 |
○星崎や(の)やミを見よとや啼千鳥 |
笈日記に、鳴海(に)渡りと有。続虚栗の句也。白船ワキ書ニ、星崎や闇を見よとてとも聞ゆと有。 |
○雲雀より空に休ふ峠かな |
此細峠にての句也。阿羅野ニ、上に休ふと有。違也。 |
送られつ送りつはては木曽の秋 |
笈日記に、みのゝくにより旅立更科の月見の時、留別、の題有。 |
○寒けれどふたり旅ねぞたのもしき |
笈日記、旅ねはと有。 |
○さればこそあれ度侭の霜の宿 |
笈日記に、杜国逢と題有。逢たき侭と有。違也。 |
○ふる里や臍の緒に泣くとし(の)くれ |
此句、臍の緒泣むとも有。 |
○木の本は汁も鱠もさくら哉 |
此句花摘に、(木の)本に汁もと有。違也。 |
○何に此師走の市を行烏 |
此句白船ニ、何を此と有。違也。 |
○大津絵の筆のはじめは何佛 |
此句勧進帳にハ、三日口を閉て題正月四日、小文庫にハ、鳰の海(辺)に年を越て三日嘴を氷すと有。句もはじめやと有。勧進帳、此句に書翰写あり。 |
金平が分別のごとくことしハ休に致候而歳旦おもひもよらず候へバ、如此ニ御座候。
はせを
正月五日曲水様 |
梅若な鞠子のしゆくのとろゝ汁 |
此句にて江戸連中巻有。葛松原ニ入。上方連中巻有。猿ミのニ入。 |
○五月雨や色帋へぎたる壁の跡 |
此句落柿舎ニ遊るる時の□也。自筆ニ有。笈日記ニ、(色)帋まくれし(と有)。違也。 |
○葛の葉の表也けり今朝の霜 |
是雑談の句也。白船ニハおもて見せけりと有。いづれか。 |
うき我を寂しがらせよかんこ鳥 |
此句自筆物ニ、或寺に独居而云し句也と有。 |
○頓而死ぬ氣しきは見えず蝉の声 |
此句猿ミのゝ句也。白船にハけし(き)もと有。自筆の物に無常迅速と(前)書有。けしきはとあり。 |
大和行脚の時 ○草臥て宿かる比や藤の花 |
此猿簔の句也。ある所之書翰ニ、其道より聞侍るハ、丹波市やぎと(云)處、耳なし山の東に泊る。郭公宿かる比やのふぢの花と也。後直り侍る。 |
此心推せよ花に五器一具 |
此句自筆物に文有。支考東行餞別 |
人も見ぬ春や(ママ) |
みのゝ國にて ○またたぐひ長良の川のあゆ鱠 |
此己光の句也。笈日記ニハ、又やたぐひと有。 |
都出てゝ神も旅ねの日数かな |
此句自筆物に、九月末粟津を出て霜月初武府に至ると有。 |
菊の花咲や石屋の石の間 |
此句自筆物ニ、八町堀に行くとてと有。 |
六月や峯に雲置あらし山 |
此句、限りのとし、なごや□□伊賀□、それよりぜゞ大津に移り、六月の比はさがにありての吟也。又文月比いがに出られて後、難波也。 笈日記に、嵐山と題有。 |
○朝露によこれて涼し瓜の土 |
此句、続猿に笈日記にハ瓜の泥と有。さが去来別墅にての句也。 |
○川上と此川しもや月の友 |
此続猿の句也。白船にハ、川(上)と此川下とゝ有。違也。 |
鷄頭や雁の来る時猶あかし |
此同集の句也。白船に画賛と有。 |
○灌仏や皺手合る珠数の音 |
此自筆に出る句也。続猿ニ、ねはん會やと有。後直るか。 |
鮎の子の白魚送る別かな |
此句松嶋旅立の比、送りける人に云出侍れども、位あしく、仕かへ侍ると、直に聞えし句也。 |
元禄三年の冬粟津の草庵を(よ)り武江に趣くとて、嶋田の駅塚本が家に至りて |
宿かりて名をなのらする時雨哉 |
此句前書続猿に出る。元禄三年冬ハ大津にとしくれて、乙州が新宅に、人に家をかハせて我はとし忘れと云句をして、奥に元禄三年冬末と自筆に書て卓袋に給ふを所持す。猶四年未の歳旦、大津絵の句有。続猿草稿の書あやまりか。(四年)未の冬と覚え侍るなり。 |
五月十一日武府を出て古郷に趣。川崎迄人々送けるに |
麦の穂を便につかむ別れかな |
此自筆の趣也。浪化集には、人々川崎迄送りて餞別の句を云返し、と有。 |
大井川水出て嶋田塚本氏の(も)とにとゞまりて |
○五月雨の空吹おとせ大井川 |
此浪化集の句也。笈日記ニ、雲吹落せと有。 |
菊に出而ならと難波は宵月夜 |
此句、元禄七年九月九日ならより難波にわたる。生玉の辺より日をくらして、と笈日記に書り。 |
升買て分別替る月見哉 |
此句九月十三日住よしの市に詣ての吟也。次の夜畦止亭にて、住吉の市に立てといへる前書あり、と笈日記に書り。 |
人声や此道かへる秋のくれ |
○此道や行人なしに秋の暮 |
此二句の内いづれをかと人にもいはせて後、此道やと云に所思と云題をつけて、此方に究る、と笈日記に書り。 |
△松風や軒をめぐりて秋暮ぬ |
此句笈日記に、清水の(寺) |