白雄の句碑



ちる花はちらして寺のさかりかな

上田市中央北に大輪寺という寺がある。


天照山大輪寺


大輪寺に加舎白雄の句碑があった。

加舎白雄の句碑


ちる花はちらして寺のさかりかな

俳人加舎白雄(白尾)句碑

 白雄(1738−91)は、本名春吉、与謝蕪村とならび称された天明時代の俳人、上田藩士の次男として江戸に生まれ、芭蕉俳諧の復興に生涯をかけた。

 この句文は、明和8年(1771年・34歳)3月、上田の門人岡崎如毛・児玉左十と大輪寺に遊んだ折のもので、上田を詠んだ数少ない自筆作品である。

大輪禅刹

 きさらぎ(二月)と過、やよひいたりぬ。 こゝぞこれ無人の境(俗人の居ない地)、こゝぞこれ不住の天(作為のない世界)、楼閣山巓(山頂)に倚、ものとして世界にしたがはざるなし。 まして花(桜)をや。腥葷(なま臭い物)ははこぶまじ。さかづきは袂にせよとうかるゝものは甘流(左十)、曲肱(如毛)やつがれ(私)のみたり。あそぶこと三時(6時間)、日はななめになりぬ。

九乳の蒲牢(焚鐘)は天窓(あたま)
うへにひゞき枯木堂(座禅堂)
ちる花はちらして寺のさかりかな 白尾(白雄の前号)

白雄坊

※「牢」はウ冠ではなく穴冠。

「九乳の蒲牢」


天明4年(1784年)3月、大輪寺で兄吉重の葬儀。

天明5年(1785年)3月1日、兄吉重一周忌。

   月に日にセまる涙かはるの雨

「兄一周忌追悼」

寛政2年(1790年)3月、兄吉重七周忌に上田へ。

   ちからなき旅して花に墓参


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