榎本其角

『新山家』


 貞享2年(1685年)5月、榎本其角が枳風を同伴して江戸を立ち、箱根木賀山の温泉に赴いた折の紀行句文集。

 貞享3年(1686年)、刊。狂雷堂 晋其角述 虚無斎鳥文鱗校

(ユアミ)日をつんてなこりなき宿なれはとく鎌倉にいそく枳風は猶日数なしとて芦之湯にあり其夜藤沢に泊りてあした江の島に詣侍る 所思

墨染に浦の鰹の蜑恨まん
   文鱗

黴雨の窟座頭一曲聞え給へ
   其角

彼和尚のいまそかりける世をおもへは開山より百六十三世となり十三にして業徳の名あめか下に擅(ホシヒマゝ)に一箇無心の境に遊て詩は盛晩の異風を圧し俳諧に自然の妙を伝え予か手を牽て鼓うち舞しめたまふよりそ万たふとき御事を耳にふれ侍る貧は原子也多病杜子にひとしことし貞亨二年正月三日いそち七とせにして柴屋の雪の中に消えかくれたまふ御名世に勝れ給へれは葬喪し奉る事眼に富りしかれとも生前一盃の蕎麦湯にはしかしと愚集みなし栗に幻吁ととゝめたる御句をしたへは涙いくそはくそや

其角上

   三日月の命あやなし闇の梅

草枕月をかさねて露命恙もなく今ほと帰庵に趣き尾陽熱田に足を休る間ある人我に告て円覚寺大巓和尚ことし睦月のはしめ月またほのくらきほと梅のにほいに和して遷化したまふよしこまやかにきこえ侍る旅といひ無常といひかなしさいふかきりなく折節のたよりにまかせ先一翰投机右而巳

はせを

   梅恋て卯花拝ムなみだかな

      四月五日

   其角雅生

榎本其角に戻る