白雄ゆかりの地長 野



北国街道下戸倉宿

国道18号は北国街道


「戸倉駅入口」交差点に坂井銘醸株式会社がある。


 坂井銘醸株式会社は北国街道下戸倉宿で400年にわたり代々酒造り営んできた「坂井醸造店」。

志賀直哉の小説「豊年虫」に出てくる「造り酒屋」である。

萱乃庵(かやのいおり)では利き酒もできるが、私は利き酒しても酒の味は分からない。

利き酒の席に若山牧水の歌が3首書いてあった。


純米吟醸酒の「雲山」を買ったら、紙袋に加舎白雄の句と説明が書いてあった。

冷し酒旅人われをうらやまむ

 加舎白雄は蕪村とならび称せられる江戸中期の俳人。俳人としての出発を信州で送り、多くの秀吟を残した。当主坂井鳥奴はその高弟で当家において巻かれた歌仙は数多い。句にある冷し酒は軽くあたためてから冷水でひやした酒のことである。夏の季語。

旅人に旅びと見せよといひけんも思ひあはすの折から、紀枝なる者、青樽を携(へ)来(た)るに我人興に入(り)て

冷し酒旅人我をうらやまん


 坂井銘醸株式会社の前に「北国街道下戸倉宿萱乃庵(かやのいおり)」と書いてあった。


 延享3年(1746年)5月、白井鳥酔来信。戸倉の無量寿仏庵という寺に滞在。

○信州戸倉の驛 無量壽佛庵

あるしの僧草花を樂しむ庭前にさかり也心のつまにかけぬ日はなしと元祖上人の詠哥におもひよせて

   菊百合を兩尊にしてたち葵


戸倉では十竹窓柴雨が入門。

 延享4年(1747年)4月、鳥酔は再び来信。

 明和4年(1767年)、加舎白雄は柴雨を訪問。

 柴雨の隣に住む酒造家坂井篤志(要右衛門兼甫(かねすけ))が鳥酔門下に入り、翌年鳥酔から「鳥奴」の号を与えらるが、生前両者が対面した事はない。

 明和5年(1768年)8月、白雄は戸倉を訪れる。

この時、宮本虎杖が白雄に入門している。

小林一茶は北国街道下戸倉宿の虎杖菴に4回ほど訪問、宿泊している。

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