斎藤南々

『蝉塚集』


斎藤南々の芭蕉句碑建立記念句集。田川鳳朗序、久米逸淵跋。

 天保12年(1841年)4月12日、俳諧連句興行。5月、芭蕉百五十回忌に芭蕉の句碑建立。



頓てしぬ氣しきは見えす蝉の声

  四月十二日於吉祥精舎興行
  祖翁百五十回忌追福脇起俳諧之連歌

頓て死ぬけしきは見えず蝉のこゑ


こゝろおきなくかげ頼む夏
 南々

水のあと人足柄をそろへ来て
 鳳朗

風きり鎌のひらりともせぬ
 寄三

具合よく蒔絵下地の乾く月
 逸淵

新酒の酔のぱっと出にけり
 五渡

八方へわかる宝の市もどり
 可考

新酒の酔のぱっと出にけり
 五渡

捨子の札によめぬ字もなし
   見水



   一順

蛤のふたみにわかれゆくあきぞ


月の記念に折のこす菊
 南々

露しぐれひと粒づゝに音すミて
 耕雪

眼をさましては猫の鈴ふる
 逸淵

藪入の咄し相手の立替り
 寄三

すみれにまける山ざとの草
 雪



 聖祖の百五十回の遠忌を
  弔ふとて発句望まれければ

しぐれ忌やむかし三五の月の笠
 鳳朗

  碑 前 手 向

身にしむや空にしられぬ蝉時雨
 逸淵

湖をこゝろに結すぶ清水かな
 西馬

俤やますます白き苔の花
 五渡



      春 之 部

元旦の日のさす眉の間(あわ)ひかな
   鳳朗

はツ日かげ畳の上でをがみけり
   エド耕雪女

若水や扇で払ふ井戸の蓋
   梅室

   東都に半白の年を迎へて

歯固めや先玉川の水の味
   逸淵

蓬莱にしばらくむかふ夜明かな
   蒼キュウ

   ※キュウは虫+おつにょう
福藁に見出しものなる一穂かな
   エド松什

福引にしてとらせけり京ミやげ
   上ヅケ西馬

寒竹の下葉あれたる雪解かな
   護物

下々の下の客はまだ来ず春の月
   雲水舎用

山焼の灰の舞こむ庵かな
   サガミ宣頂

すごすごと打もひろげぬ畑かな
   一具

宿かれバうしろになりぬはるの山
   碓嶺

提燈の越て来にけりはるのやま
茶山

大津画にありたきものや梅の花
   応々

来て見れば川のむかふや梅の花
   エド梅笠

   西行讃

世を捨てこそ花もちれ笠の上
   卓池

海棠や照つゞいてもはな雫
瀾長

ひとふさの皆もさかぬや藤の花
   由誓

   生 類

朝げしき鶯来るに相違なし
   碩布

鶯やふたツとおもふこゑの間
   ナニハ鼎左

玄鳥やひばりの空へ高あがり
   ヲハリ而后

      夏 之 部

   粟津義仲寺にて祖翁の百五十回忌を
   奉扇会に取越とて梅室がもとより
   発句望こしければ

   十とせの秋ももゝとせ過る昔し語り

白扇故郷と書てたむけゝり
   鳳朗

   かく扇面にしるしておくりぬ

すゞしさや朝日のかする松の色
   ヲク鬼孫

月さして夜も無にせぬ清水哉
   エド謝堂

起てからひとつふえけりかきつばた
   エド抱儀

開く音しばらくやまず蓮の花
   エド溪斎

ほとゝぎす十王経のひろひよみ
四山

夜もすがら蚊をうツ音や鶏の觜
   ムサシ市月

   公事故事

水遺ふ音も聞えて青すだれ
   シナノ若人



      秋 之 部

こゝろにはふかぬ日もなし秋の風
   ムサシ青荷

洗ふにも人手にかけぬすゞりかな
   シナノ葛古

こぼれたるあとは間のあり竹のつゆ
   ヲクたよ女

あさの間に降てのけたり月の雨
   シナノ白斎

   善光寺

人声の絶る間もなか永夜哉
南々

木鋏をあてた花ある木槿かな
   デハ太橘

   松平四山子竹を刻て一弦をすげ さ
   まざまの古歌などに曲節をものして
   彈せられけり。微音簫瑟として其妙
   感に堪ふ

須磨琴のうらうゑふかせきりぎりす
鳳郎

魂棚や大家ほどは人も居ず
   上ヅケ歩丈



      冬 之 部

神の留主いらぬ雨の降にけり
玉芝

斎藤南々に戻る