鶴田卓池



『青々処句集』

鶴田卓池の七回忌追善集。水竹序。塞馬跋。

嘉永4年(1851年)、刊。

青々処句集巻之上

   春

春雨や門に砂もつ桑どころ

はやう出て足もはこべぬ蛙かな

   妙義山

いたどりや天狗曇の雲しめり

   よし野の山踏するに、朝霜霞の底
   にさえて風あらあらし。されど坊
   舎坊舎は花じたくすると見えて

如月や花に煤はくよし野やま

   暁台翁追善

初ざくら見つゝもこぼす涙かな

さゞ浪や花にやどかる七ところ

   善光寺通夜

月仏信濃へ花のころに来て

   東 台

ちる花はみな人につく上野かな

   西行讃

世をすてゝこそ花もちれ笠の上

残りなくさく日はしらず藤の花

二度寐ても日は山にあり藤の花

   夏

はるか過てそれとはしりぬ不如帰

   那須のゝ原にて

ありありと影見てきくや郭公

飛倦て木がくれなきや時鳥

鳩の啼木ははるかなり燕子花

   懐 古

罌粟はみな花のあとなり須广の浦

   白川の関のあとを尋て

しら川やこゝろとむればなく水鶏

声くれて走りとゞまる水鶏かな

   桔梗原

松本の雨見かへるや荊(ばら)のはな

朱樹翁十三回忌の追善をいとなむ日、庵の物わけて喰ふとまであはれまれける其鳥の声をきゝて

今日こゝにちなみわすれず閑古鳥

   新潟夜泊

五月雨や猫かりに来る舩の者

朱鷺の羽に日影さしけり皐月雨

友人蕉雨は信濃の国より江戸に出て、よく同志の輩をみちびきけるが、五月七日なき人の数に入しと聞えけるに、胸つぶれて泪とゞめかねつ。今一度はとひもとはれもせんとかたみにいひつるを甲斐なしや。その母はらから親しき人々の歎も思ひやられて袂をしぼりぬ。

なげゝとて降やくらむやさつき雨

厳島はいつくしくて、扶桑三景のひとつとかや。花表回廊のかゝりは申もさらなり、嶺よりおろす薫風潮の花をさそうて、風景はいはん方なし。

日盛もしらで一日いつきしま

   三山順礼

温水(ゆ)けぶりの涙さそふや湯殿山

夏寒し雲に身をおく月の山

茂り葉のつゞまやかなり羽黒山

青々処句集巻之下

   秋

   憶亡友松兄

あきかぜや髭剃おとも眼のあたり

   諏訪にて

手折ずば是らも穂家の芒哉

   祖翁百五十遠忌、粟津墓参

こゝろこゝにありて一日つゆの秋

   三井寺登臨

月代や一隅うごく鳰のうみ

かゞやきのますはかりなりけふの月

名月をはれに山家の祭りかな

「磨き出る」と名を得たる月見むと、青布・青坡にすゝめられて園原の里にいたる。西に恵那の大山を負て、人家谷々にへだち、東に二の山あり。網掛・夜烏といふ。

山冷やひと暮過てあきのつき

   石山寺

暈遠くかけていざよふ木の間哉

   冬

雪はよきものよ木のはし竹のをれ

 卓池姓は鶴田、通称与三右衛門、青々処又藍叟と号す。其先河内国より来りて数代三河国岡崎の菅生に住、染采を以て業とす。若きより正風の俳諧を好て、始暮雨巷暁台の門に遊び、後枇杷園士朗に随て研究す。

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