佐久間柳居

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『柳居遊杖集』

寛保2年(1742年)4月、佐久間柳居は吐花と東皐を伴い奥羽行脚。

 日光・那須野から象潟へ、酒田から鶴岡に戻って羽黒山に登り、さらに松島・塩竈に遊ぶ。

   卯月廿日あまり羽黒山に登る光林坊に先達せられて
   順礼出立の軽けなれとも老の足よはく人々に助けら
   れて

岩藤をくさりにすかる山路
柳居

   権現を拝し奉りてそれより荒沢にいたる月の山は晴
   渡り見上けたれとも未た夏天の雪をいたき登る事の
   及ひ難きに鳥の翔りもうらやましくて

一声に三山かけてほとゝきす


   帰るさは南谷の修行寺に立よる此所は祖翁もしはし
   御滞留ありて
   雪をかほらすと有けん心の涼しさを感せられて

今更に寺はかほるや白牡丹


   壬戌首夏

   御山にわけ登りて

若葉にも爰は奥あり羽黒山
吐花



   鶴岡御着

   風草亭を尋られて

卯の花に旅の黒みそ恥かしき
柳居

   挨拶

卯の花の雪や一夜の留め力
風草



   道中之吟

   日光山

残筆の日光売や花の宿
柳居

   象潟能因閑居をうらやむ

蚶潟に我巣も作れ友千鳥


   袖浦

蛍ならぬ火も見へすくや袖の浦


   那須原

原中や行逢ものは蝶計り


   寛保二壬戌四月廿二日      羽陽之嵐也



松籟行脚草稿

   能因閑居をうらやみて

象潟に我巣も作れ友千鳥
柳居

   袖浦遠望

蛍ならぬ火も見へ透くや袖の浦


   風草子の許をたつねて

卯の花に旅の黒みそ恥かしき
柳居

 夏をむねとも住かねし宿
風草

   留別

   鶴城の片石睡鴎両士と清川に袖を別つけふはこと更
   帆に薫風を加へて見送らるむかし扇引さくとありけ
   んわかれにも似たるか

涼しさも帆は裂かたき別れ哉
柳居

   もろともにわかれを惜しみて

鮎の瀬を別れの関や右ひたり
吐花

   象潟にて

汐越やふはと蛍の飛ちから
吐花

   風草子許をたつねて

橘に嗅きあたりたる宿りかな


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