浪化上人

『白扇集』(支考編)



支考の「目録」に寶永六年十月九日とある。

俳諧日記 從元禄七年

浪化稿

元禄九年丙子   正月三日

   初 交 會

蕗の芽や梅を尋る一つゞき
   浪化

   八日の夜探題

しら梅や星なき雪のうは曇

京にのぼり侍る歸るさに那谷の觀音に詣けるが、かの境は山淺くしてしかも俗をはなれ、岩のかたちもたゞならぬ所也。かたへの櫻はやゝちり殘りて、春をおしむ吟客もそこらふたりみたり立まじりたるが、その中より我をしれりける人や侍りて、

行春を駕に取つく男女哉
   厚爲

   途 中 吟

春もはや一畝うつろふ大根花
   浪化

元禄十丁丑

   新  宅

薄壁のあちらを探れ梅の花
   浪化

  慥に晴て冴わたる月
   路健

元禄十二卯歳

   初  會

はつ春の落つくかたや梅柳
   浪化

十二日は例の金城におもむく、くりからの峠越るとて、

   梅が香にくらさもまじる山路哉

つばたの宿をはなれて、

   七種も過てあか菜の寒さ哉

十八日は此君庵にまねかれて、終日に風雅の高情をつくす。

鴬の爪にもかけず梅の花
   浪化

春の日さむき苔の色相
   万子

元禄十三年

   初  會

初の字の梅にはつかぬ月夜哉
   浪化

   人  日

庖丁も袂もぬれし薺かな

ことしは洛の本廟に詣て、つとむへき事の侍れば、二月の末に旅立とて

   朝たつや鳥見かへれば雲に入

例の峠を越ゆるとて、

   くりからの鶯ふかし谷の傳(ツテ)

けふは風雨に駕の戸もさしこめたるが、漸くに茶店の梨の花を詠ず。

   龍頭まで雨にしほるや梨のはな

夕陽雨晴て心よく、更に豐年の兆なりといへば

   四十雀地に囀るや麥の節

初秋洛より歸りて淨蓮社にあそぶ。即興

初月夜木の間出來る座敷かな
   浪化

此日石動より藍吹きたりて、

一雨の秋も晴けり拜み石
   藍吹

五日六日の月になる時
   林紅

中汲の醉のある間はちつとにて
   浪化

元禄十四年

五月のはじめなりけり、洛より東花坊きたりて、物のつゐでなればとて、金城のたよりに春の悩みをつぐなふ。

桃すもゝ漸く桐の花もさき
   万子

ちる時の影や鏡にけしの花
   支考

晝も月樒の花に影もなし
  秋ノ坊

六月廿一日、金澤より東花坊來りて、趙子が状をひらくに、丈艸の一封あり。文章また例のおかし。城ケはなより如空きたりて東花坊をむかふ。

廿二日は例の虫干の事に日を暮しぬ。

廿三日の夜は、自遣堂に會して十題の句を探る。氷見より東花坊をたづぬ。

廿五日は東花坊が母の一周忌なりとて、本堂に一會を設く。床には古芭蕉の書給ひし當來導師の一幅をかけて、唐蓮二莖を生たり。

晝がほにあつい泪を手向哉
   浪化

  たび寐に夏の野は忘れまじ
   支考

   六 月 盡

此空を直にひやすや明日の秋
   藍吹

夏と秋と今宵や雲のつめひらき
   支考

變化(ヘンケ)めく雲や一夜の秋ちかし
   浪化

秋ちかし明日も御意得ん眞桑瓜
   林紅

   立   秋

秋たつといへばや今朝は瓜の皺
   浪化

同十二日は故翁の忌日ながら、殊に玉祭もなければ、をのをの淨蓮社の翁塚に詣して、心々の手向あり。翁塚の記文は別録に是を誌す。

   百韵興行

さゞ波や井波にかはる墓まいり
   支考

  野づらの石もやゝ秋の風
   浪化

文月十六日の風凉しく、高岡のかたに東花坊をおくる。かつて都の別よりは殘りて淋しきを如何ニ。

行さきも寐やすき片ぞ萩と月
   浪化

  袷着るべく虫も啼也
   支考

元禄十五壬午

   歳   旦

鴬や年の關越す花ごゝろ
   浪化

   初   會

出てゐるや梅のつぼみに三日の月
   ゝ

   漫   興

鴬は餅のむまさよんめの花
   荻人

十三日の頃は京の旅立もちかくなるまゝに、をのをの餞別の吟あり。

旅立に夜の風味や梅の花
   林紅

首途や朧はとれて明鴉
   荻人

出る空に梅のにほひや春の夢
   吏全

旅立の跡やたしかに梅の花
   嵐青

十五日旅立ちて道行ぶりの句あり。十六日は加府に逗留す。十七日の夜は北枝があるじ心に、をのをのうどん花の春にあひたりなど、今宵風流殊さらなるべし。

春京へ行をおくりて胸に杖
   万子

梅に着てたつ鶯の笠
   浪化

山里は蒟蒻黒く雪きえて
   北枝

   各   餞

若艸のにほひや袖に右左
   從吾

鴬をやとひにやりて別かな
   拾貝

駕籠かきのふりも達者に柳哉
   長緒

春の夜や吸物ながら馬に鞍
   北枝

   留   別

梅に行柳はあとに心かな
   浪化

  餘寒のさびをつくす盃
   北枝

初市の鳥引ならべ休ませて
   万子

正月廿四日、けふは都につく日なるが、先は湖南の義仲寺に立より、古翁の廟前に跪く。九とせの春と立めぐりて塚の竹まことに青々たり。むかし圓覺寺大巓和尚の遷化に、師のおくり給へる芳吟にすがりて、今もその句をしたふほどに、

梅こひてその梅おがむ泪かな
   浪化

かしこに無名庵はなつかしき草の戸なり。今もすたれず、ゐます時の心地に侍り。きのふの暮まで、惟然坊の住て侍りしが、誰が風狂にさそはれていづこともなく行けるよし。垣ねに梅の花咲殘て、

梅が香や晝ぬす人の去(イン)だ跡
   浪化

二月廿日、都の名殘も近くなるまゝ、東花坊に案内せられて、けふは去來亭を訪ふ。その所は聖護院の森のうしろにかくろひよろづに田舎珍しう、あるじまうけなどわざとめかず、瓶子とるおのこもさすがにきたなからぬよ。吾仲范孚と客方に立ならびて、終日の閑話も歌仙にみつ。

神鳴りや一むら雨の冴かへり
   去來

  日はてかてかと梅に隈笹
   浪化

提重の野がけ心に春めきて
   支考

  お次はきつと見ゆるわり膝
   范孚

あの山をはなれては此水の月
   吾仲

  夜のうち渡る鳥も大分
   去來

廿二日に都の名殘をおしみて、東花坊もおなじく越におもむく。供の面々は松本に晝飯せさせて、かちよりかの岡の丈草を訪ふ。ことしも猶禁足の春を愛して竈間の淡薄さらに味なしといふべし。酢吸の口をうるほすに便なければ、三笑の橋を尋るに道ありなど、その程の發句もかたりあふ中に、

狐啼岡の晝間や雪曇
   丈艸

廿三日は森氏の 五老井を訪ふ。かねて洛よりその案内ありて、許子は先夜より此亭に出むかふ。賓主四人殊さらに雅興のみ。半歌仙別録にあり。

顔あらふ流やうけて梅の花
   浪化

浪化君歸路の御駕を五老井に待奉りて、

花をまつ心の果や春の月
   許六

  歸雁の關にむかふ山風
   徐寅

船頭の酒に餘寒の沙汰もなし
   浪化

おなじく廿七日。賀の大聖寺にいたる。東花坊はさる事の侍りて、爰にとゞまるべき宵なるが、此地の人々とつどひ來りて、それが中の久しくあはざりける人に對して、

きさらぎの心もとけて柳かな
   浪化

  奇麗に露のわたる若芝
   厚爲

首途の笠に雲雀の空晴て
   支考

三月三日は金城に逗留す。此君はさる事の忌に籠りて上巳の句文にて贈答す。

朝酒の氣遣ひもなしけふの桃
   万子

   歸   興

杖すてゝちかづき顔や桃さくら
   浪化

十二日歸院を賀して、例の淨蓮社に會す。

   馬をりやいざ先花に旅衣

十月十二日

   芭 蕉 忌

一日は塚の伽する時雨哉
   浪化

  畠ならびに寒き茶の花
   林紅

林紅法師が例のねばりも、師走のそらのまぎるゝかたにおかしく、ある日此句を書てつかはしける。

油氣の雪にとれてや梅の花
   浪化

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