俳 人

瀬川露城

嘉永4年(1851年)、播磨姫路に生まれる。本名は正夫。

明治40年(1907年)、無名庵十五世となる。

長浜市の慶雲館に芭蕉の句碑がある。



蓬莱にきかはや伊勢の初たより

 この句碑が建てられたのは、書家である露城が活躍した明治後期と推定される。

 大正4年(1915年)、大正天皇御大典を記念して花蔭会は芭蕉の句碑を建立。本廟露城書。



古池や蛙飛こむ水の音

大正8年(1919年)12月、芭蕉の句碑を建立。露城書。



物いへは唇寒しあきのかせ

 大正15年(1926年)、露城は堺を訪れ「文塚」の荒廃を嘆いて修復、記念に自碑を建立。



   はせを翁の文塚を拝するとき

折からの経よみどりの老音かな   露城

昭和3年(1928年)5月8日、78歳で没。

大津市の義仲寺に露城の句碑がある。

瀬川露城の句碑@


栗津野に深田も見えず月の秋

瀬川露城の句碑A


   秋草をうゑこみて

さまざまの露ひとむらのさかり哉

神戸市須磨区の禅昌寺須磨寺に露城の句碑がある。


   

濃きうすきもみぢはいづれ寺の塵
   
稲妻のひと夜冷して須磨の海

大津市の芭蕉道統歴代句碑に露城の句がある。



涼しさの処を得たる小窓哉

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