中村伯先

『姨捨紀行』


 8月11日、中村伯先が其篁・露翠・左竜を伴なって姨捨の月を見に上穂を旅立ち、19日に下諏訪に戻るまでの紀行文。

伯先の上穂(駒ケ根市)在住は天明4年(1784年)以前のことである。

 多年心にかゝりし姨捨の月、やゝおもひ立、葉月中の一日其篁・左竜の両雅とともに笠芒鞋の用意とゝな(の)ひ侍りて、

きゞの露笠にいとはし日やり旅
   露翠

駒嶽下の詞友たれかれとともに姨捨行李に遊袋をかけて、

月に出し我宿鎖せ蔦かつら
   伯先

其日も黄昏近きより雨しきりに降出て、やうやく宮木といふ宿にたどりつきて太郎右衛門にやどりをもとむ。

木まくらや秋を身にしる雨の声
   伯先

巳の時過るばかり頼母の里をよぎる。あが信一州の一の宮八彦大明神・小野大明神両社立給ふ社なり。雨になやみて余所ながら拝しぬ。両社の間を御手洗川ながれて、筑摩・伊奈の境なるよし。

未の刻はかり塩尻の駅を過て桔梗がはらにかゝるに、誠に名にたてる広野にして、東西二里あまり南北三里に及び、粟稗穂をたれて、たまたまあやしの耕人あやしのうたをうたふ。かゝる雨中に其業のせつなる事を感ず。

程もなく村井てふ里をよぎりて深志の城下に到る。万戸甍をならべ、漏鐘高城よりかろし。信府と称するも誠におもひしられつ。そこ爰となく従容して本まち米屋清七に芒鞋をほどきぬ。こは露翠が旧識にてもてなし浅からず。風呂に浴し餉などものして、なか町雲浪か扉を訪ふ。

巳の時とおぼゆる、麻績に鳥峨を訪ふ。あるじせつにしてみづから醸す酒をすゝめて我旅心を慰む。

鳥峨雅亭を訪に、砌辺(みぎり)の草樹すがすがしく、一瓶の茶ことに芳しく、あるじのもてなし浅からぬを、

釣簾高し菊の香通ふ酒の味
   伯先

猿かばんばにかゝりて日は西に斜なり。其篁・露翠・左竜よしみつ寺にいそぐ。伯先・雲浪俄然としてつれづれのおもひをなしぬ。

岩が根やおよびし蔦に水白し
   伯先

鳶啼や谷間の秋を小雨降
   雲浪

ふたり蔦をつたひ篠にすがりて岩岫(いはくき)をくだれば、伐木丁々として又野飼の馬あり。草苅おのこあり。是をちからかれを力にして、桑原にたどり着ぬ。路周を訪ふに逢はず。稲荷山元町にいたり、児玉弾正なる人を訪ふ。庵下に池あり、緑樹ある一止庵のもとにあそぶ。

山を石にうく月もがな雨の池
   伯先

   かれがことの葉に

今朝の秋はからず裳(もすそ)うるほしぬ
   卜胤

隠れ家も世の憂きを知れ小夜砧
   卜胤

鹿の声袖を片しく夜なるかな
   卜胤

時は日中なるべし、はからず都久母坊無物庵に対し杖をならべて姨捨山にのぼる。

芭蕉翁面影塚


おもかげや姨ひとりなく月の友

俤塚を拝し、長楽寺に入て捻香稽首しおはりて、姨石に蹴攀して十三景を眺望す。程なく虎杖庵をはじめとして許多の好人来り謁す。露翠・其篁・左竜もやゝはせつきぬ。

此夜うらむらくは九天雲ふたがりて、鏡台・有明もあきらかならず。千曲川眼下に渺々として流ゝのみ。たゞ我心なくさめ兼つ更級やと打吟じ、あるは空をうらみ地にかこちて、家隆が嵐を分て出る月影とながめたるをたのしみ月光をまつ。幸にすこしく雲絶て鏡台山南に月ほがらかにあらはる、

名月や千曲の夜霧越の雲
   伯先

   又

おもひ雲のごとく月姨捨の月に雲
   伯先

   ○

山はむかし月に時雨ゝ人の秋
   古慊

望の今宵の更級や、西上人の旅寝を慕ひ、まさに祖翁の俤をかなしむ。

人かはり月をすがたの秋の山
   呉水

無物庵を訪ひて古慊・呉水・麦語・李井・丈馬にふたゝび面をあはす。

ひるの餉すゝめられて未の刻過るまて此庵にあそぶ。

鼠宿に十六夜墳を拝し、塩尻に又祖翁の古塚に合掌す。黄昏過る比か、上田に至りて原町井筒屋や惣兵衛亭に舎る。芒鞋ときあへずも如毛を訪ふ。美酒佳肴かずかず、東話西談更に及ぬ。

片丘やたつ鴫の背に日の落る
   如毛

下諏訪井筒屋がもとに舎る。

十九日、温泉に浴し両社を拝しぬ。

   鵞湖眺望

富士の雪鵞湖たゞ月の静なり
   伯先

中村伯先に戻る