小蓑庵碓嶺
『をばながさ』
天保4年(1833年)4月4日、江戸葛飾の玄々舎伯夫宅を出発。暮も押しせまって江戸に帰った。 |
旅立ける前日、玄々舎にて、 |
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箸とるも道行ぶりやはつ袷 | 碓嶺 |
四月四日、目出度旅立。板橋宿にて、 |
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往た春も碓氷は越さじ袷時 | 同 |
朝の間に一宿こすやかくつばた | 同 |
中山道榎戸、横田氏探題 |
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戸もさゝで笛ふく里や水鶏鳴 | 玉芝 |
鶯飛やそれにも旅の心しる | 以吉 |
また旅の嬉しく成ぬさくらの実 | 文玉 |
熊谷のみえて長閑けし芥子の花 | 碓嶺 |
直江津に三度杖を曳て |
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信小諸 |
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見覚のある木は椎かほとゝぎす | 魯恭 |
葭切の啼止で月の夕かな | 石女 |
東武を去て上田に至。行程四十七里。 |
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日を算れば四十七日。 |
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五月雨によくもあかれぬ草まくら | 碓嶺 |
坂木 |
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山水を分て流るゝ清水かな | 雨紅女 |
五月雨と言はせてけふは晴にけり | 八朗 |
古間の駅の茶店にかさやどりすれば、 |
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主の女、「其処はいと寒からん。いざ此 |
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方へ」抔言へ(ひ)ける時は五月廿四日 |
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なりき。 |
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言葉にもみゆる皐月の曇哉 | 碓嶺 |
音もなく降ればや植た竹の雨 | 以吉 |
三条より早船といふに乗て新潟へくだる。 |
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思ふに享和のむかし「六人を包で嬉し笘 |
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の雪」と聞えるは、金令の翁の吟也。其 |
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後此舟中にて「道彦は上手なり。乙二は |
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閑人なり」と端書して「帷子の袂や汲め |
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ば水のもる」と一句を残す。いづれ道彦 |
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と言へ、乙二といへ上手に上手を尽して |
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及ぶにはあらねど此舟中の眼前は、 |
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間隔に包おくなり風すずし | 碓嶺 |
鼠ヶ関 |
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秋立やいま迄踏し越の山 | 碓嶺 |
迎火焚頃は出羽の酒田に在て |
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魂奠(たままつる)こゝろを庵の柱かな | 同 |
亡師が日和山の文塚にて |
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人のゆくなりにもゆかで墓参 | 同 |
二分に成て崩るゝをどりかな | 同 |
物毎にいつもうとさや魂まつり | 以吉 |
象潟へまかる途中 |
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麦潟や朝入月の出るまで | 碓嶺 |
最上の郡に入りて、 |
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木枯の吹かぬ日はなし男花笠 | 碓嶺 |
漆山 |
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蛤や十日過ても春の味 | 二丘 |
最上漆山半沢亭 |
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隣へも行道つけて庵の雪 | 碓嶺 |
奥羽に旅寝して、 |
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一夜づゝ変る寒や白い箸 | 碓嶺 |
更て来夜のたよりや鐘氷る | 以吉 |
早立と宿に沙汰して冬の月 | 碓嶺 |
仙台 |
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堂守の家督済けり麦の秋 | 馬年 |
朔日や翌日よりあすの梅の花 | 清女 |
須加川 |
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植込の却て寒し枯木より | たよ女 |
旅より戻りて、 |
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けふ迄の不沙汰を侘てとし忘 | 碓嶺 |
旅硯置も直さで煤はらひ | 同 |
世の中を逃た旅して年わすれ | 以吉 |
水鳥の処も替ず明の春 | 久藏 |
畑中や梅ばかり成家の跡 | 蕣齢 |
黄鳥の注連に憶する榊かな | 素芯 |
引込だ住居や椿二本だけ | 謝堂 |
散たれば翌日の日のある桜かな | 鶯笠 |
梅さくや土篭(竜)の土の処々 | 応々 |
春雨やあすは上野へ用もある | 一具 |
三河 |
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若葉見に出るや近処の起ぬ内 | 卓池 |
来てからも積る木の葉や垣の内 | 而后 |
イセ |
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行灯のおぼろに明て八軒屋 | 護物 |
上毛新町 |
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夕柳余処にも春のみゆる也 | 白水 |
信六満 |
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四五軒へ配る程あるわかな哉 | 葛古 |