井上士朗

『幣ふくろ』(士朗・都貢編)



安永3年(1774年)4月、『幣ふくろ』(士朗・都貢編)刊。

夜もすからつらつら臥て思ふ事の起出てはみなことさまになる物や夜明なは潮もかなひなん熱田のわたりに船乘らんと卯月も六日なる曉の窓の志らむを待つゝぬるにはや明烏のかうかうと啼て三ッより二ッゆくにそゝなかされ朝戸おしひらきてうち見わたせは西に東に雲おほひてほろほろと降雨の根笹のもとに音つのりたり

ゆくゆく船つとふ津島の川つたひ水鷄なく佐屋の驛に入て爰に芭蕉翁の墳を拜す



夢の浮橋とかいへる所を歸り過て瀬田の橋とゝろふみならして斜陽の中にたつさきにみちのくにの丈芝此ところをすくるとて

   青嵐瀬田一方へふき落ぬ

となんいへる本句を玉章の便して聞えたり此句のまことあるにめてられてこゝに口をつくみてやみぬ今宵は宵の月あかくくまなき影を此所にして見過さしをとしひて夜泊す

   ほとゝき聲のゆくへや鳰の月
   都貢

木曾寺に行て故翁の墳前に跪きぬ

   椎の花扇に落るなみたかな
   都貢

   生はせしと小草ぬきよる塚の夏
   士朗

三井寺にまふつ

   茂り葉や三井の佛の光りさし
   士朗



折から門あらゝかに叩きて來まするは吾師暮雨菴の阿叟のかの丈芝を供したまへるなりむかへいれまゐらせて又旅のゆく手のさまさまを互にかたらひつる事となりぬこは吾徒の洛にきたるを宿の主か師のやとりへ告やりたれはいねもつかす日をまたてとひ給へるなりけりつはらに歸らは夜やあけなんとて歸り玉ふ

明れは丈芝とく來りて吾徒の此に出合侍る事あらかしめうけひていひ合するともよもかゝるかたらひのまたうあらんやと泪を落して悦ひあへりけふよりの興は師とはかりて都の友かきをくし出んといふまゝたれかれともに東山あさく見めくり地主にまうてゝ

   あらしふけ地主の櫻實や落ん
   都貢
  
   藤つゝしおもへは夏のはしめ哉
   定雅
  
   あやしくもあらす人聲の山若葉
   美角
 ミチノク
   夏陰や鐘に石うつ田舎ひと
   丈芝



長安萬戸子規一聲

   ほとゝきす南下りにひなくもり
   曉臺

嵯峨吟行
  
   みしか夜の闇より出て大井川
   蕪村

   筏踏て鮓桶あらふ女かな
   几菫

      雅因か苑在樓に眺望して

   みとり深く夕雨めくる嵐山
   曉臺

   夏の山たゝ岑丸く成にけり
   宰馬

   小倉山鹿の子やわたる路の欠
   士朗

   桐咲て嵯峨にあてなる色香哉
   仝

夜行

   落る葉やあやに竹洩る月の嵯峨
   都貢

   白罌粟に焚火うつろふや嵯峨の町
   曉臺

落柿舎にて

   茄子植る人に尋てさかの菴
   士朗

卯月もかきりの日おほん神の宮所にまうてぬまつ御裳濯川に垢離して遥拜す

   かけ波は我に卯月の祓哉
   士朗

   松に風心(タマ)に銘する薫り哉
   都貢

枇杷園士朗
                           尾張
鴎巣都貢

   安永甲午年五日

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