立花北枝

『喪の名残』(北枝編)

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 元禄9年(1696年)10月12日、芭蕉の三回忌に北枝義仲寺を訪れる。

 元禄10年(1697年)9月10日、秋の坊寂玄跋。

 元禄10年(1697年)11月、『喪の名残』(北枝編)刊。自序。

喪の名殘 

   喪の名殘序

去年の冬、翁三回忌の事に粟津野の無名庵にいたり、廟前の霜葉に手をかゝめ寄て、しるしの柳枯果たる嵐に立て涙をおとしけり。無心の水景にしはらく眼をめくらせは、折から凋む空のけしき、汀の蘆の本しのはかり殘れるさへ、あはれにふかき風情、誠にかゝる湖邊こそと、かりの栖をさためて遊ひたまふ生前の時たにも、我身不幸にして仕ふる事もなく、片たよりの文通なとに心を動かしたるはかり也。兼ては雅筵の高談にとちきり置しも、去年と過ことしとくれて、かく今古墳の露と降わたる行衛の、はかなくも玉かしはかこちかましく、風雨に破れたるたもとをしほりて、

 笠提て塚をめくるや村しくれ

十二日の日は、畿内の門人義仲寺にあつまり、亡師のいにしへをかたみになけきあひ、去來の上の句よりなりて、哥仙の誹諧あり。舊里に歸りて國々所々の追悼を乞、それに四時の情を引あはせて、喪のなこりとしかいふ。

北枝 拜稿

   三回忌
  去來
夢うつゝ三度は袖のしくれ哉

冬の螽(いなご)の這ひちからなき
   游刀

山陰の痩たる馬に旅寐して
   北枝

おもひの外に天氣也けり
   正秀



石徑の墨を添けり初しくれ



獨禮や香繼かはる霜のうへ
   正秀

凩も誘ひあはすや墓まいり
   諷竹

庵に寐るなみたなそへそ浦鵆
   惟然

   無名庵に泊りて

なつかしき夢見るひまや冬の月
   李由

此墓の三とせは夢にしくれかな
   智月

石青く草は黄はみてかるゝかや
   風国

   兩儀五氣天の命令をうけて、死生
   にかきらす萬事万物自然の理にし
   て、一木一草の枯榮るも命なりと、
   皆人の知所なから

草につけ木につけかなし神無月
   如行

氣をへらす比に成けり冬こもり
   荊口

(マゝ)はるやむなしき苔を初時雨
   文鳥

霜の草これもしほるゝ相手かな
   此筋

   幻住菴の記に越の高すなこをふみ
   てとあるをおもひて

濱千鳥なくや翁のあしのあと
   句空

朝霜や茶湯をこほす苔の上
   秋之坊

   於正秀亭餞別
  北枝
冬旅の前はおほきな湖水かな

鴨の上毛を蓑にかし度
   正秀

心よう寐入をひたと起されて
   諷竹

鱠の數をうなつひて居る
   游刀

夕月の山を出るから縁のうへ
   丈草

とれとこほれのはかりすくなき
   惟然



喪の余波冬の部

菊の葉や紅葉しかゝる神無月
   句空

油火のこくも時雨る夜比かな
   秋之坊
 豊後日田
近道をおもひこなしてしくれ哉
   野紅

山ひとつしたいまゝなるしくれ哉
   丿松

   飛騨の山中にて
  高岡
あら熊の出る穴あり片時雨
   十丈
  山中
ひたひたと落葉地につく時雨かな
   桃妖

   一夜連中即吟を催して來る

押かけの客と名乘や夕しくれ
   正秀

はつ霜の泥によこれつ草の蛇
   丈草

   丈草庵にまかりて

木からしの昔あはれ也酒の時宜
   北枝

椽に置手燭にさはる落葉かな
   牧童

   開山忌の日通天橋にのそむ

もみち葉よ忌日の後にま一日
   北枝

かなくれは枝に跡あり枯かつら
   杉風

   四條河原に旅宿せし時世波のいと
   まなき心を

芦鴨のさはかぬ宿も石の上
   北枝

   矢はせより粟津野を見かへりて

覆ひ来る塚の名殘や冬の雲
   北枝
  伊勢
汁鍋の跡むつかしや冬こもり
   團友

手をさして瞽女かしこまる火燵哉
   尚白

頤て本をあけたるこたつ哉
   朱拙

よき夜ほと氷るなりけり冬の月
   浪化

手を切ていよいよにくし鰒のつら
   其角

   臘 八

誰かしる今朝雜水の蕪の味
   惟然

   年 忘

年わすれ宿は鼠の舞臺哉
   洒堂
  大垣
顔見せにいそく野良の旅寐哉
   文鳥

寒菊や火を燒かたの眞さかり
   李由

大根の髭むしる夜のみそれかな
   風國
  伊賀
雪の客おもひ出さは誰か出ん
   土芳

雪の夜や火はともさねと石灯籠
   万子

山風の相手に吹や網代小屋
   露川

火はけむし背戸から寒しかまの前
   去來

大髭に剃刀の飛さむさかな
   許六

喪の名殘春の部

山里は萬歳遅し梅のはな
   翁

梅咲て庇柱やもたれ物
   杉風
  井波
ほつそりと鶯見ゆる初音哉
   林紅

   題しらす

誰見よと梅くれなゐに奥の坊
   北枝

手拭ひを籠に納て闇の梅
   北枝

ふり袖のちらり見えけり闇の梅
   野坡

春雨やはなれはなれに金屏風
   許六

   本蓮寺にて
  長崎
楠の香の柱も高しはるの雨
   素行

 筑前黒崎
駄肥や土手のすくろはや緑
   水札

   猫の妻戀

竹原や二疋あれ込ねこの戀
   去來

   柳

さかなやかはいつた門は柳哉
   浪化

乞食にほめられて出すあかん哉
   北枝

   金澤にて

笠の端やかけろふ加賀の女市
   正秀

盃に泥なおとしそむら燕
   翁
  長崎
山鳥の尾を引するや丸木橋
   牡年

   題しらす

田を賣ていとゝ寐られぬ蛙かな
   北枝

落ひはり一鍬おこす鼻の先
   浪化

小疊の火燵ぬけてや花の下
   丈草

しはらくは花の上なる月夜哉
   翁

ぬか星もうへにくつるゝ花の空
   浪化

鐡炮の矢さきにちるや山櫻
   卯七

   屏風の繪に

猿猴も花ははなさぬ片手わさ
   北枝

落込や花見の中のとまり鳥
   丈艸

   有磯の海邊に拾貝といふ者、千々
   のうつせ貝をひろふて其名を得た
   り。是に風雅をうつして四時を樂
   む。その志質素にして榮辱にうこ
   かす。

月花もうしろにしてや貝拾ひ
   北枝
  山中
葛掘のわりなくからす櫻かな
   自笑

   參宮の折奉納の心を

神風の彌生をふかし門の竹
   去來

   翁のたとり給ひし有礒海にまかり
   て

海苔の香もゆかし有曾の嶋廻り
   北枝

   家持は沖津しら浪とよみ給ひし布
   勢の海眺望

ひき汐の蜆の穴もふせのはた
   仝

   三月盡

明ぬ間は星もあらしも春の持
   丈草

   藥王寺にて
  浪化
鵯の嘴入るゝ椿かな

寐兼てまよふ蝶の羽つかひ
   北枝

春の野を右も左も酒にして
   万子



喪の名殘 

喪の餘波夏之部

   ほとゝきす

芳野にて逢れう物かほとゝきす
   去來

時鳥雨のかしらを鳴て來る
   浪化

ほとゝきす鳴て入けり南禪寺
   北枝

五月雨や色紙まくれし壁の跡
   翁

   惟然子へ餞別

疊賣て出られよ旅へ五月雨
   洒堂
  嵯峨女
麥の穂におはるゝ蝶のみたれ哉
   可南

   水 鶏

畝豆の二葉に見ゆる水鶏哉
   浪化

   いろの濱近けれは水島にあかりて

かまはすとあそへ鴎の子共つれ
   惟然

夕榮や茂みにもるゝ川の跡
   丈艸

夏の夜や崩れて明しひやし物
   翁

   浪化公にて興行

明やすき夜や何々に打むかひ
   惟然

   惟然僧に澁團扇を送りて

蚊屋かさぬ宿もあるへし澁團扇
   自笑
  長崎
網に入魚のおもひや蚊屋の内
   魯町

ひたるさをうなつきあひぬ百合の花
   支考

   此君亭をつくりて

此庵もまた隣ありかたつふり
   万子

   鵜 飼

首たてゝ鵜のむれのほる早瀬哉
   浪化

   瀬田の橋書たる扇に

橋の下行もあるへし飛ほたる
   北枝

   伏木の浦ゆふはへ
  高岡
入舟の先をほたるの光りかな
   十丈

水呑て行衛もしらす飛螢
   拾貝

   惟然行脚に送る

炎天にあるき神つくうねり笠
   丈草

   蝉

   倶利伽羅峠を越けるに

いとゝたよりあはぬもとひや峰の蝉
   惟然

   西大寺の別院海龍王寺にまふてゝ
  南都
高欄による人もなし蝉の聲
   玄梅

大津まて荷はやりかけて凉み哉
   北枝

白雨に幾人乳母か雨やとり
   許六

朝露によこれて凉し瓜の泥
   翁

ゆふかほやさひしうすこき葉のならひ
   惟然

   美濃近江の堺寐物語の茶店にて

夏の日にねものかたりや棒まくら
   去來

   惟然有礒の浦にありときゝて申
   遣しける

夏旅は死なぬたよりもあはれ也
   北枝

   布勢の神社にて

なみたにもしむや青田の穂の匂ひ
   惟然

六月や峰に雲おくあらし山
   翁



喪の名殘秋之部

初秋やたゝみなからの蚊屋の夜着
   翁

かさゝきのはしや繪入の百人一首
   許六

魂祭けふも燒場のけふり哉
   翁

玉まつりことに女のいとことし
   浪化

玉祭甥か居たらは茶のかよひ
   北枝

   不破の關にて

稲つまや出つ入つする壁の破
   桃妖

   北山鹿苑寺にて

舊き苔大事の露の金舎哉
   秋の坊

ひいと鳴尻聲かなし夜の鹿
   翁

寐てかゝる角のしなへや鹿の妻
   北枝

   旅亭の吟會

行灯に飛や袂のきりきりす
   浪化
  嵯峨
うつら鳴夜中の鐘の夜明かな
   野明

   正秀亭興行

月代や膝に手を置宵の宿
   翁

十五から酒を呑けりけふの月
   其角

   訪山寺

名月や客を窺ふ門の松
   北枝

   深川杉月庵に立よりて

名月や爰は朝日もよき所
   杉風

   鎌倉にて

青空に松を書けりけふの月
   嵐雪

   題しらす

月影を待や湖水のはたまはり
   北枝

催の光もぬけて月夜哉
   土芳

北にむく雁や迎ひに出る聲
   北枝

   秋聲の賦を讀

秋風に品を付るや虫の聲
   北枝
  那古屋
落厂の稲をふみ込水田かな
   素覧

   京を出る時人々に留別して

ふんはつて峠を越る野分哉
   浪化

一番にかゝしをこかす野分かな
   許六

   住吉の市にて

升買て分別かはる月見かな
   翁

此秋は何てとしよる雲に鳥
   翁

   東武にて

星月夜空の高さよ大さよ
   尚白

稲すゝめ茶の木畠や逃所
   翁

   大井川をわたりて

いつしかに稲を干瀬や大井川
   其角

   暮 秋

大きなる家ほと秋のゆふへ哉
   許六



喪の名殘追加

   北國に旅立ける比

踏初て根雪となるや椿井坂
   尚白

壯束は黒にきはむる鷹野哉
   浪化

   旅行の時

木からしに吹れて立やかゝみ山
   北枝

二まきの功成て余是を閲するに、北枝か志意の虚ならさる、盍幽儀の眼に外るへきや。人往々その見ゆるを聞て、風雅のたしなみ懶惰なからん事を希ふもの歟。于時元禄十稔九月十日。

秋之坊寂玄書

   元禄十年丑十一月吉旦


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