仙石廬元坊

『桃の首途』(里紅編)


 享保12年(1727年)4月1日、里紅が支考に勧められ美濃から越前・加賀・能登・越中に俳諧行脚した紀行。

 享保13年(1728年)、『桃の首途』(里紅編)刊。蓮二序。

序詞
蓮二坊

享保のことし丁未の春三越路の行脚をすゝめて合羽にわらちの足をかため蒲團に木まくらの耳をこらさんと獅子庵の茶漬に首途を祝ふは黄リ園(※「リ」=「麗」+「鳥」)のあるし里紅なりけり。むかし我師の東くたりに祖父翁の旅の具とて碁笥椀といふ物をはなむけにして「此心推せよ花に五器一具」とは西行上人の心をつたへて、世の人よかれ我乞食せむとよめる風雅のさひをさとせしのみならて、其師のその弟子にをしふる實情なりし。かれは蓮二もそのあとを師として、今はた此節の鬢の油を洗ひ笠一かいの旅姿となし、百尺の崖よりつきはなして、絶後の鼻息を心みむと思へと、旅にやむ日のふり藥をとゝなへ、山に寐る夜の麥粉を喰ならへと、老婆の親切にあまへたらん。勸善はよし釋迦・孔子にまさるとも、懲惡は祖翁の片睨にも及さらん。是たゝ師道の減する所なから、秋はかへる山の錦ならても、白河の紅葉に色くろみてまめなる顔を見はやと思ふは、さもあれ師弟の仁心なからんかも。

   首途 長哥行
  山縣連中
餅喰はぬ旅人はなし桃の花
   蓮二

 すり餌の恩に千里鶯
   里紅



   卯花月の朔日に
   黄リ(※「麗」+「鳥」)園を旅立つとて

汝か父の巣は忘れしな郭公
  仙里紅



   苻中 短哥行

蕎麥きりに京のあまみや夏大根
   嵐技

 すたれ張たす森の下やみ
   里紅

   名録

頬かふりさせて雨待繼木かな
   嵐技

空鮭も枯木に花のちりひかな



   福居 短哥行

葉かくれに齒黒やしのふ初なすひ
   韋吹

 あやめもにほふ背戸の行水
   里紅

   名録

いさよひの出かけや垣の白木槿
   韋吹

   名録

鶯のひなやうたふて巣のわかれ
   桃妖



   松住 短哥行

晝顔の行義に夜は痩にけり
  千代女

 瓜の盛を兒の里をり
   里紅

繕りも大工の下手に長ひきて
   若推

   名録

礒の香の鼻に付けり朧月
   若推

けふはかり背高からはや煤拂ひ
  千代女



   金澤 短哥行

稲妻や山も寐させて明て行
   希因

 月も早瀬の網に片破
   里紅



   滑川 短哥行

紅葉見や神も冷にてにこり酒
   指山

 栗飯祝ふ里の遊ひ日
   里紅

朝月に代官送る馬ふれて
   知十

   名録

行秋のふところみせぬ柚味噌哉
   知十



   魚津 短哥行

行秋の故郷へ蔦の錦かな
   椅彦

 夕日の橋を横に雁かね
   里紅

   名録

浮雲をひきさく音や郭公
   椅彦



  諸國遠近 文通

   近江
  膳所
草鹿のあつちの長や三日の月
   洒堂

   伊勢
  山田
夕涼み夕顔ひとつ見付たり
   乙由
  桑名
茶漬くふ官女を見たり星祭
   杉夫

   尾張
  名古屋
名月や都の夜の花もとり
   巴雀

いにしへの四條五條は柳かな
   以之



 讃岐一夜庵
草の葉も動かぬ雉子の上手哉
   除風
 伊勢四日市
町へ來て松には吹かて幟かな
   玉之
 越後高田
山伏は貝てとふらふ花野かな
   巻耳

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