『門司硯』(朝月舎程十撰)



享保13年(1728年)、浪華大津浅生菴野坡序。

雲雀啼日ハ野もよし、ことに海辺ハ麦の一束二束にうこき、沖ハあをき華波のこまかにたゝまれ、蟹の子の海苔をあらそひ貝よせをまちて、まてかたにおりややとるらん。されハ朝月舎のあるしハ、この国の官府市中に門柱をみかき、書数に手目をやすめる。家族を養へる中に、風雅に信と功(序)有て蕉翁の洒落をこのミ、きくの浜よりはやともの瑞籬まて奇景を題にとり、諸風士の佳句を乞。且予かこのたひ肥筑の帰杖をとゝめ、三十余日寐食をともにし、終に門司硯の銘を切て諸рノひろめ侍る。同行馬貞筆をおよかせ扁(編)集のあるしとさためぬ。この道さかりに躬恒・式部のものすきをしたへは、此硯のかはけることなく、筆の命毛全処の風雅もつのれよと、共に一派の風流を導キ、さつき八日馬貞と笠をともにして長門の国へ別れ侍るとて

片形の月をたよりや根付稲
   浅生

享保十三戊申歳
         浪華大津浅生菴野坡

   門  司  硯

青葉若葉生衣につゝむ門司硯
     浅生
 筑前博多
菊の露海に落さんもしすゝり
     まん
 仝内野
若和布ほす岩の摺目や門司硯
     助然
 仝博多
濡れ初る店の硯や門司時雨
     未雷
  浪華
門司硯七の宝か国の華
     梅従
  福山
散花や海に波立門司すゝり
     由均
  洛下
受戒の日若葉洒キつ門司硯
     風之

   硯の海のほとりにあそひて

花なれや野守の影も門司硯
     馬貞
筑前善導寺
夏日和肌の乾やもしすゝり
     木而
 仝福岡
月花の台や門司の古すゝり
     遊五
筑前善導寺
苔を摺る金魚の泡や門司硯
     升羽

春の日の汐や間引きの門司硯
     其香

海士の呼門司の霞や硯影
     程十
八十四翁
世の春やかたむる門司の硯石
     売炭
  広島
(トキ)ものハ秋の嵐や門司すゝり
     風律
  膳所
其風情すゝりに移れ朱子の菊
     洒堂

   平  家  蟹

秋の野の花とも咲て平家蟹
     蓮二

海鼠ともならてさすかに平家也
     涼菟

あたし野や錦に眠る平家蟹
     浅生

夏痩の角もつふさす平家蟹
     魯九

平家かにめたつ柳か浦の浪
     売炭

剣原すゝきふミ切る平家蟹
     梅従

汐渋の経木に寒し平家蟹
     風之

朝露やしのふを伝ふ平家かに
     木而

秋よたゝ泡吹迄よ平家蟹
     素浅

花蟹や盛の一字かなミの泡
     洒堂

   傘     松

傘松や初鰒とれる海の躰
     未雷

かさまつや平沙の霜の郭公
     梅従
 備後福山
かさ松や日和見に出る朧月
     沙鴎

   柳  ケ  浦
 筑前福岡
網くゝる柳か浦や相撲道
     杏雨
  広嶋
海に入むかしハ苫の氷柱哉
     風律

   文治の古戦場を案内せられて
   浅生
風薫る汐の鞁や追手川

青田小さき松山の腰
     程十

酒買の蓑に跣(はだし)の道馴て
     馬貞



   門  司  硯

      春 之 部

梅か香を皃に運ふや那智泊り
     程十

      涅 槃 会

   真如堂にて

涅槃会や桜の里の人の栄
     浅生
 豊後日田
泣て見る皃に色ある涅槃哉
     野紅

紅裏を泥の晴着や涅槃像
     遊五
 筑前杷岐
朝雉子や寐皃日のさす道者舟
     兎城
 備後福山
落着や芹の流れの一羽鶴
     素浅

そゝろなる盗みあるきや桃の花
     木而

桃咲や上かふきなる正信偈
     風律

かへさめや人になしたき雛の袖
     梅従

升雛や小棟を伝ふ鳩の声
     風之

   花   桜

笑れに行はや花に老の皺
     杉風
筑前黒崎亡人
巾着の時計せハしき花見かな
     沙明
 筑後塩足
御婢の身の高ふりやさくら狩
     市山

山を見る五十目もとや初さくら
     雪刀

   人に対して
豊後日田
見れはこそかくハほとくれ糸桜
     りん

   直方長野忠右衛門亭

手と足は冬の盛や初さくら
     浅生

養父入や晴もやつしも袋町
     其香
豊前大橋
青梅や塩と寝る夜の男住
     元翠

   暁の時雨(と)いへる題にて
  花洛
滝を生む日に消され行時雨哉
     淡淡