今井柳荘

『水薦苅』(柳荘編)



寛政6年(1794年)、刊。蝶夢幻阿彌陀佛序。

善光寺・姨捨山等、信濃の名所を詠んだ古今の発句を集めたもの。

柳荘は善光寺代官。

水薦苅 上

   善光寺奉納

善光り寺の月見る今宵かな
   宗祇

月影や四門四しうも只ひとつ
   芭蕉
  陸奥
金魂けきやうしたまひ善光りある寺櫻
   三千風

   洛東眞如堂にして善光寺如來開帳
   の時
  洛陽
涼しくも野山にみつる念佛哉
   去來
  美濃
遠からぬこの極樂やほとゝぎす
   支考
  伊勢
冬がれて臼も撞木も殘けり
   涼菟
  東武
朝がほやみな同音に口をあく
   麥阿
  美濃
山の眠り覺すや堂の朝御帳
   廬元
  尾張
見わたせば蓮臺廣き花野かな
   露川
  
壯嚴の飾りや秋の野も山も
   五條坊
  浪華
芦わけて千曲に涼し舟後光
   歸白
  越中
有明や堂を高根に居り替り
   椅彦

外になし北も南も月の門
   麻父
  洛陽
明方や一時に蚊のむせぶ聲
   蝶夢
  
朝ごとの法や旅寢の一大事
   几董
  武藏
蓮の實やこゝを去ル事遠からず
   柳几
  尾張
十方十夜御佛の前さりがたし
   暁臺
  加賀
よごれたる我にも法の光リかな
   闌更

   善光寺如來東武にて開帳の時
  東都
あさがほの露こそ願へ善の網
   完來
  
蚊の聲もともにたのもし朝念佛
   成美
  洛陽
目に遠く花ふらせけり御戸開
   重厚

   春之部

元日は田毎の日こそ戀しけれ
   翁

   信州の何がしに元日戸をたゝかれて
  伊勢
福わらに田ごの春ぞおもはるゝ
   乙由
  浪花
信濃路の雪や彌生の忘れ梅
   二柳

   川中嶋懐古

一備あれにも山のさくらかな
   凉菟

   筑摩河
  東都
ちくま河春ゆく水や鮫の髄
   其角

種ひたし春の千曲をまた濁し
   鷄山

   淺間山
  東都
夕山やけぶりのすゑの春の雲
   長翠

   春の比諏訪の御社に詣けるに、御
   食所とみゆる所に、鹿の頭をなら
   べて備ふ。八ツの耳ふりたてゝと
   いふがごとく、見もなれぬ御食す
   さまじ。
  洛陽
贄の鹿背に霜ふりし夢やみし
   瓦全

木曾の情雪や生ぬく春の草
   翁

夕ざくら寝に來る神も有氣也
   柳莊

   善光寺御堂戒壇めぐりといふ事を

彼の道もかふかと悲し朧月
   蝶夢
  尾張
信濃路は雲間を彼岸參り哉
   也有

   諏訪湖春望

鴨の巣や不二の上こぐ諏訪の海
   素堂
  伊賀
乙鳥は土で家する木曾路哉
   猿雖

   諏訪法樂

青柳や春の宮居の手向艸
   宗祇

   猿山子の誹勇を示す

もろもろの心柳にまかすべし
   凉菟

   善光寺のかたほとりに、大磯の傀
   儡虎御前が跡を隱せし庵有

悲しさの石に答て夕きゞす
   重厚
  洛陽
かへる雁田ごとの月の曇る夜に
   蕪村

   夏之部

   木曾川のほとりにて

流木や篝火の上にほとゝぎす
   丈艸

願かけがねせり戸隠山の時鳥
   三千風

   招山を訪ふ

更科の月をどふ鳴ほとゝぎす
   支考
  古人
   あつめて見せん卯の花の雪
   招山

    此脇を聞て、支考は宿をもこはず
    去りしとなむ

   木曾路にて

山吹も巴もいづる田植かな
   許六

   寢覺床 二句
  浪花
夏山は寢ざめの枕屏風哉
   宗因

鶯の寢ざめや四月五月まで
   支考
  東都
ゆふ立に燒石凉し淺間山
   素堂
  上野
郭公けぶりときえて淺間山
   素輪

うき人の旅にもならへ木曾の蠅
   翁

信濃路や蠅にすはるゝ痩法師
   許六

   信濃へ参らるゝ人、暇乞せらるゝ
   餞に

梁の蠅をおくらむ馬のうへ
   其角

かけ橋や一方は山ほとゝぎす
   凉菟
  東都
棧や蠅も居直る笠のうへ
   鳥醉

   題 扇 許六を送る

木曾路とや凉しき味をしられたり
   其角

五月雨にかゝるや木曾の半駄賃
   許六

   善光寺にて、みる喰ける尼に
  東都
海松ふさやかゝれとてしも寺の尼
   嵐雪

なつ木立いとゞ木曽路の空せまし
   蝶夢

   法隆寺にして、しなのゝ猿田に別
   れて伊丹歸る時

清水かげ鬼のぬけがら見にござれ
   鬼貫

みすゞかり 下

   姨捨山

あひにあひぬ姨捨山に秋の月
   宗祇

   同じ所にて

雲霧を分しも月の山路かな
   ゝ

   越人を供して木曽路の月を見しこ
   ろ 留別

おくられつおくりつはては木曾の秋
   芭蕉

   姨捨山

俤や姨ひとり泣く月の友
   ゝ

十六宵もまだ更科の郡かな
   ゝ

   更科にては翁の句をのみ吟じて

霧はれて棧は目もふさがれず
   越人

   さらしなに行人々にむかひて

更科の月は二人に見られけり
   荷兮

どぶ見たら姨捨山の月を月
   三千風
  洛陽
さらしなや馬の恩しる秋の月
   言水

佛だに姨捨山や五月闇
   支考

さらしなや曇るといふは花の事
   凉菟
  肥前
姨捨や子捨は得來じ月の前
   魯町
  美濃
さらしなや田毎の星の化ごゝろ
   木因
  加賀
月の雲烏の啼は何郡
   萬子

鎌いるゝ田ごとの晝の光りかな
   五條坊

姨すてやせめては秋の日の光り
   麥阿

姨すてや伯父は田毎の苗配り
   鳥醉

雲に乘る我か田ごとの月の照リ
   露川
  越前
夏の月たゞ短夜ぞ泣れける
   梨一

姨捨てまた遠て來て後の月
   也有

見減して戻すな月は姨が友
   椅彦

姨捨やあゝ石となり月となり
   麻父
  東都
何告ておばすて山ぞ行々子
   凉袋
  
月やいづこ姨捨めぐる雲早し
   白雄
  
ひとつづゝ月見た痩を田毎哉
   蓼太

よしや今姨捨るとも春の山
   蝶夢

夜すがらや石に置身も月の爲
   闌更
  古人
更科や何から暮て明る夜ぞ
   五明

   秋之部

   木曾路にて

雲水を色に秋立深山かな
   宗祇

月に眼さらしな川の文月哉
   貞徳

   はつ秋の比、信濃ゝ猿山を導てみ
   つの浦邊にあそぶ
  浪華
片桶は月に浮けり塩乙女
   淡々

   更科紀行に

身にしみて大根からし秋の風
   翁

   輕井澤にて

ゆふ日照るくゞつの顔や秋の風
   柳莊

   うす井權現にて

稲づまにけしからぬ神子の目ざしやな
   嵐雪

木曾路行ていざ年よらむ秋獨り
   蕪村

かけはしや先おもひ出駒むかへ
   翁

駒ひきの木曾や出らむ三ヶの月
   去來

   更科紀行に

   いでや月のあるじに酒振まはむと
   いへば、盃もち出たり。よのつね
   よりも一めぐり大きに見えて、ふ
   つゝかなる蒔繪をしたり。都の人
   はかゝる物は風情なしとて手にも
   ふれざりけるに、思ひもかけぬ興
   に入て、セイ(※「王」+「青」)碗玉巵
   のこゝちせるも所がらなり。

あの中に蒔繪書たし宿の月
   翁

さらしなやみよさの月見雲もなし
   越人

名月や淺間が岳も壽なり
   許六

月を語れ越路の小者木曾の下女
   其角

名月や兎の渡る諏方(訪)のうみ
   蕪村

木曾の痩もまだ直らぬに後の月
   翁

岐岨の栃うきよの人の土産哉
   ゝ

膝がしらつめたき木曾のね覺かな
   鬼貫
  近江
名月は蕎麥の花にて明にけり
   李由
  伊賀
それそこに更科河やそばの花
   その女

   讀甲陽軍鑑

あら蕎麥のしなのゝ武士は眞ぶし哉
   去來

吹とばす石も淺間の野分哉
   翁

高山に日の出る國の暴風かな
   完來

   諏訪 秋の宮

花よりも紅葉はこき涙かな
   蓼太

   父逸洞、戸隱の紅葉見んといざな
   はれしを、いぶせく覺て

おそろしき里に夜をこす紅葉かな
   五明

   紅葉狩

切込て太刀の火を見む岩の霜
   其角

かけ橋や命をからむ蔦かづら
   翁

   冬之部

雪ちるやほ屋の薄の苅のこし
   翁

檜の香や木曾の旅宿の冬籠
   許六

   雜之部

三度まで棧こへぬ我いのち
   蝶夢

   母を供して東へ下る

かけはしと母に申さで渡り鳧
   重厚

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