内藤丈草

『幻の庵』(魯九編)

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丈草追善集

元禄17年(1704年)2月24日、丈草没。

元禄17年(1704年)3月13日、宝永に改元。

宝永元年(1704年)5月、『幻の庵』(魯九編)跋。鳥落人序。

經塚にならふねかひや花の風
   正秀

まつまつと老の悔みや春の雨
   智月

悔しさや庵に集る春の雨
   昌房

   丈草禪師のいたはり常ならぬさま
   尾の露川かもとより彌生十一日に
   告こすされはこそ歳首の吟にとち
   へこけても花の春と聞へし事よと
   胸つふれ其朝た木曾川の舟をとは
   せて青野か原の青草も見す寢物語
   にものも語らす醒ヶ井の水に息つ
   き矢橋の渡りに心せきて十四日の
   明過る比松本に着ぬ傍に寄て山庵
   の病僧はいかにと問へは主の老尼
   扨は美濃からにや終焉の折まても
   床しかられたる人なるへしはやな
   き世の人となり給ひて二十日はか
   りになんとかき口説きける是そ古
   しへ人の夢を逃して我膝を抱くに
   似たり
  孤耕庵
まひまひと手持不沙汰や花の跡
   魯九

今歳二月末の四日月は草庵に殘る物から禪師身まかり給ひけりと湖南の正秀子のもとよりしらされけるにそむねふさかり泪とゝめかねぬつくつく此人の昔を思ふに尾張の國に生れ犬山に仕へて勇猛の名もありしとかや一日若黨壹人を供しひそかに君父の前を忍ひ出道の傍に髮押切K染には引替へられける常の物語には指の痛有て刀の柄握るへくもあらねはかく法師には成侍ると也或の云へるは其弟に家録讓り侍らんと兼て人しれす志ありて病には言寄せられけるとなん其後洛の史邦にゆかり五雨亭にかり寢し先師に見へ初られしより二疊の蚊屋の内に頭を押並四間の火燵の上に面を指向て吟會多くは此人を少(カゝ)す先師の言に此僧此道にすゝみ學はゝ人の上に立たん事月を越へからすと曰(ノタマ)へり其下地のうるはしき事羨へし然とも性苦しみ學ふ事を好ます感有て吟し人ありて談し常は此事打忘られたるかことし先師深川に歸り給ふ比此邊の句とも書集めまいらせける内大原や蝶の出て舞ふ朧月なと云ふ句二ツ三ツ書入侍りしに風雅のやゝ上達せる事を評し此僧なつかしといへとは我かたへの傳へなり又難波の病床傍に侍る者共に伽の發句をすゝめけふより我か死後の句なるへし一字の相談を加ふへからすとの給ひけれは或は吹井より鶴を招んと折からの景物にかけてことふきをのへあるはしかられて次の間に出るとたよりなき思ひにしほれ又は病人のあまりすゝるやとむつましきかきりを盡しけるそのふしふしも等閑に見やりたゝうつくまる寒さかなといへる一句のみこそ丈草出來たりとは感し給ひける實にかゝる折にはかゝる誠こそうごかめ興を探り作を求るいとまあらしとは其時にこそ思ひ知り侍ぬ先師遷化の後は膳所松本の誰かれ尊み懐きて義仲寺の上の山に草庵を結ひけれは時々門自啓曲々水相逢なと打吟し或は杖をよこたへ落柿舎を扣て飛こんたまゝか都のほとゝきすとも驚かされけれは予も彼山に這ひ登りて脚下琶湖水指頭花落山と眺望を共にし侍しを人は山を下らさるの誓ひ有予は世にたゝよふの役ありて久しく逢坂の關越る道も知らす去々年の~無月一夜の閑をぬすみ草庵に宿りて寒き夜やおもひつくれは山の上と申まことに芳話よろつを忘れけりと其悦ひも斜ならす更行まゝに雷鳴地にひゝき吹風扉をはなちけれは虚室欲夸閑是寶滿山雷雨震寒更と興し出られ笑ひ明して別ぬ身の上を啼鴉哉と聞へし雪氣の空も再ひ行めくり今空しき名の聞わける凡十年の笑ひは三年の恨みに化しそのうらみは百年の悲みを生す惜みても猶名殘の惜く侍れは此一句を手向て來し方行末を語り侍るのみ

なき名聞春や三とせの生別れ
   去來

睦月廿日たらさる比伊勢尾張に旅立侍ける山庵に登ていつもなからの名殘をそ惜みけん其餉此羨中を補中を補するより外あらしとその夜の峰の嵐もいとゝ寒さ餘りなから先々の人々にも脾肺こゝろよからす髭猶むさむさしけれと花には錫をも振出らるへきと觸廻りつゝ彌生十日餘りに湖上の浮雲にかくそ聞侍る物より浮生猶夢のことしとやらん經塚の松藤を恨みうらむるのみ

あつと計外なき花の泪かな
  鳥落人



   初月忌

泪猶其まゝそこな躑躅花
   惟然

  雲雀日和も人の閑さ
   魯九


  大坂
峯の雪とくとくひたす袂哉
   車傭
  竹カ鼻
禁足の滿てゝや直に花の旅
   巴静



   五 七

咲花をくるひ殘して離レ猪
   洒堂

  晝の蛙のそれも岡の家
   魯九



丈草の昔無邊の時より語る事久しある時は白き肌着に覆子を負て野亭に來り痩蚤の這出るかたや旅枕と戯れ又後の年は病身を旅にして慰まんと素覧子か所に入を見れは頭らは白熊に似て山籠のことし酒の間せよ我が病をたまさんと興して鷄頭の畫を移すやぬり枕と吟しあへりさる比は暑を忘れんと美濃路に九旬をあそひ初秋名古屋に入來るうらに茂助と書たる田植笠をかふり垣根の古竹を杖にして鷄頭に置いて逃るや笠の蠅と咄れしもいまた五とせにたらす今年寢行脚となり侍るか

      佛是何者丈艸是何者

海苔と名を轉して水の行衛かな
   露川

  柳はしたれ鹽に白粥
   魯九



   佛幻庵の反古をさがす

名月や雲より下は酒のてり
 懶窩山人

一雨の間にいさよふて仕舞けり
   仝

草庵のよはりはしめや秋の蠅
   仝

寢て居ツてたうとからすや涅槃像
   素覧

木曾殿もかくや馬鍬の苗代田
   露川

夏草の花やきれいな行水塲
   魯九

五月雨や夕日しはらく雲のやれ
   仝

   贈發心者詞

世を遁れ道を求るほとの人はみな一かとの志を發して誠しき勤ともしあへれと年を重ねぬれは又かれこれに引るゝ縁多く事繁なりて更に初の人ともおもほへぬふるまひのみそおほかる古人も此事をいましめて出家は出家以後の出家をとくへきよしすゝめはけましぬ魯九子は美濃の國蜂屋の山里に遊ひていまたさかんなるよはひのいかなる縁にや俄に墨の袂に染かへてちりのすみかをかけ出山寺にかきこもれるよし傳へ聞侍りて今の志の正しきに猶後の出家をおこたらぬみさをのほとをねかひて拙なき言葉を申おくりぬ

   蚊屋を出て又障子あり夕月夜

是は丈艸禪師余か發心の初めにおくられたるいましめなり後猶うとうとしからす年々爰に枕おしならへけれと今又月花の主なき草扉にしはらく錫を打掛諸方の悼の言葉を集塚頭に手向侍りて机案のそこそこにそのこしおくものか

寶永元甲申五月上浣
   孤耕庵

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