坂本朱拙

『けふの昔』(朱拙編)



元禄12年(1699年)1月、『けふの昔』(朱拙編)刊。四方郎朱拙序。

朱拙は豊後日田の人。別号守拙、四方郎、四野人。

散る花を追懸てゆくあらしかな
   定家卿

   法眼季吟黄門の句なりと或人にきけりとて山の井にい
   たされたり

ちる花をなむあみた佛とゆふへかな
   守武

   其角荷兮集に辞世と出したれと神職の正統として
   此境をにらまれまし只落花に對して嗚呼と一時の歎な
   らむとさもあらるへし

花の香をぬすみてはしる鼠かな
   宗鑑

花見せむいさやあみたのひかり堂
   貞徳

   芳野にて

是は是はとはかり花のよし野山
   貞室

   つくしにて

世の中のうさ八まんを花に風
   宗因

花の雲鐘は上野か淺草か
   芭蕉

●名人の古事をとりたるは古人の力をからすして句中無盡のひゝきあり此境中人分上のにらみたらはことことく先人の唾餘にして刻鵠類鶩といへるにもあらさるへし

三井寺の門たゝかはやけふの月
   芭蕉

ほとゝきす啼や五尺のあやめ草

卯の花やくらき柳の及こし

杜宇聲よこたふ水のうへ

はつしくれ猿も小蓑をほしけ也

是みな古詩古謌ものかたりをとりたる句なりあやまるときは沈(※サンズイ+「冗」)(※ニンベン+「全」)期か辟におちいりしすます時は家隆卿の名譽を得へし水にしられぬ氷なりけりととりたるは絹をぬすみて小袖にしたりとそ俳諧の作者おもふへし

●名所の句をする事やすからす石曼卿か意中流水遠愁外舊山青と籌筆驛にて作りたるをしらさるものは稱揚すれとも山水の地ならはいつれの所にも相應して籌筆驛のさんたらんとすと先輩のそしりたるは句中の動あれはなり

秋風や薮も畑も不破の關
   芭蕉

せめよせて雪のつもるや小野の嶺
   去來

うらかれや馬も餅くふうつの山
   其角

此類烏獲か力にても動かさらまし

菊に出てならと難波は宵月夜

といふ句を影畧互見の法なりと世につたふるはあやまれり俳諧もと格例なししゐて格を立は錯綜轉倒の法なるへし紅稲啄餘鸚鵡粒碧梧棲鳳凰枝といへる句法に似たり

梅かゝにのつと日の出る山路かな

此句余寒の題なるよし句中寒の字はなけれと長夏にも寒かるへしこれらをや影畧の法とはいふへき杜甫兼葭の題にて暫時雪載花幾處葉沈波林和靖か詩に横斜疎影水淺深暗香浮動月黄昏兼葭といはす梅といはねとも吟勢それとたしかなり是影畧の法なり

●發句に詩歌なるあり俳諧なるあり味なきを味として俳諧なるをあらまほし

蚤虱馬の尿こく枕もと
   芭蕉
  セゝ
年頭はかはのとちめのうつはもの
   洒堂
  
松茸や人にとらるゝ鼻の先
   去來
  江戸
足あふる亭主に聞けは新酒かな
   其角
  ミノ
鷹師の鷄にふまれて手柄かな
   如行
  越中
筍や道のふさかる客湯殿
   浪化
  尾州
庭へ出て馬の米喰ふ夜寒かな
   露川
 筑前黒崎
草あつし蚓のおよく馬の尿
   水颯
  セゝ
兼平もきりこひとつの身と成ぬ
   探志
  大津
親仁さへ起さる先にみそさゝゐ
   乙州
  
聖靈も落つかれけん朝からす
   風國
  ミノ
夜相撲に又來て例の鬼めかな
   千川
  江戸
蚊遣木や女の斧に石をわる
   嵐雪
 筑前黒崎
早物に殘るあつさやてらてら穂
   沙明

若なつみ庖丁ならは牛のふん
   朱拙
  
血を分し身とは思はす蚊のにくさ
   丈草

猿引は猿の小袖を砧かな
   芭蕉
 尾張ナルミ
出替や照日に下駄をはきて行
   知足
  江戸
晝かすみ鱠くふへき腹こゝろ
   史邦
  伊賀
誰か來てあそふや雛のたはこ盆
   車來
  南都
小判にて政宗殿の花見かな
   玄梅

年の市誰をよふらん羽織殿
   其角
 ふんこ日田
牛馬によらしよらしとくれの市
   野紅

初雪や幸菴に罷ある
   芭蕉
  嵯峨
井のそこに蛙をもとすつるへかな
   爲有
  伊賀
夕顔のえくほ吸へ吸へ飛胡蝶
   風麥

   旅 行
  ミノ
荷をゆする店先あつし馬の息
   此筋
  伊賀
朝夕を見合す旅の袷かな
   風睡
  ミノ
紺屋めとしかりなからや更衣
   荊口
  カゝ
佛達衣更にも驚かす
   一木
  ミノ
蕗の葉に髪包んたる田うへかな
   可吟

芋種や花の盛を賣りありく
   芭蕉

我か願ひ花四五反の中に家
   朱拙
 ふんこ日田
芋の葉の軒につられて秋の風
   紫道
  伊賀
蕣のうねりぬけたり笹の上
   万乎
  長崎
粟ちきる空は櫁柑の曇かな
   素行
  伊賀
仰にこけてもかくや虻の足
   土芳
 筑前黒崎
朝鷹の提灯で出る田畝哉
   帆柱
 ふんこ日田
稲妻やいたり來たりに夜を明す
   りん
  伊賀
すみ所田螺もしるや水の隈
   橋木
  越中
酒を吐そこらあたりや蕗の薹
   十丈

   深川八貧

米買て雪の袋やなけ頭巾
   芭蕉
  
ほろ醉の是や誠の雪見顔
   野童

   法印の追悼
  ミノ
木からしにいしけらるゝか小僧達
   文鳥
 ふんこ日田
草菴とおもへと年の炭大根
   芝角

●感情にわたる句は本性にして俳諧すくなし思慮にわたらさるは俳諧おほうして本性すくなし要するに本性は難に似て易誹諧はやすきに似てかたし今の世眼前をいひて安排をへさるを好むもさる事なから周詩は多ク感情よりそ興れる取舎は其人にあらむ

   深川閉關の比

蕣や是も又我友ならす
   芭蕉
  三井
芭蕉葉の何になれとや秋の風
   路通

しら菊に咲れて我はもとの顔
   朱拙

蓑むしの我は綿にそ冬籠
   風麥

   崎陽に旅寢の比

故郷も今はかり寢や渡鳥
   去來
  いせ
松風ときけは浮世の幟かな
   支考
 大津あま
月日をもうくるはかりの枯野かな
   知月
  大坂
皆我につかはるゝなり年のくれ
   諷竹
 ふんこ日田
山や想ふ馬屋の猿も松錺(かざり)
   若芝

おとろひや齒に喰あてし海苔の砂
   芭蕉

   深川の舊菴にて

こゝらにはまたまた梅の殘とも
   惟然

   草菴を訪ひて

松風は寒し世間は師走也
   朱拙

●中古の俳諧はしたれとも今の風俗はせすといふは其したりといふ中古の躰未熟なるをゝのれか量のつたなきをしらてしたりとおもふは口惜と其角の雜談したるこそおかしけれ其中古といへる宗因か句に

遙なる唐茶も秋の寢覺かな
   宗因

そはきりの先一口や年わすれ

杜宇啼やら淀の水くるま

是等の句は當世にしたりとも誰かかゝらすといはん宗因をして當今に出したらは流行の押うつるましや兎にも角にも風雅は根柢をあらまほし

●李白か法外の風流を得て道にちかしと宋儒の評せられしは天機を動かさゝれはなり惟然か諸州を跨て句をわるくせよわるくせよ求めてよきはよからすうちすゝしくは外もあつからしといふは生得の無爲をたのしみて此爲に塵埃をひかしとならむ

   南部の雪に逢ひて

木もわらん宿かせ雪の靜さよ
   惟然

   二本松にて

先米の多い處て花の春

   松しまにて

松しまや月あれ星も鳥も飛

   深川の千句に

おもふさまあそふに梅は散はちれ

なと一句として斧鑿にわたりたりとは見えす地獄天堂は學ふ人の心なるへし

●南部のからすも黒日向の鷺も白し師錬は入宋せすさはありなから子長かあやしきは天下歴覧の功なりといへり風遊は心の趣處なるへし

下京を廻りて火燵行脚かな
   丈草

   なこやにて

世を旅にしろかく小田の行もとり   芭蕉

●詩のうたふて美悪のわかるゝことく俳諧も調子なるへし句中言外のひゝき格外の格をしれるものゆかし

寒けれはねられすねゝは猶寒し
   支考

紅葉には誰か教えける酒のかん
   其角

聞人の吟中此類おほし俳諧の袴着つめたるものゝ企及所にあらす

●上手のしたる漢も和ほとにはいひとられさるにや

洛 花 今 織 錦
   山石

   わさりと鴈の歸る故郷
   季吟

今織に洛花勿論なから武陵花崎陽花としても又しかるへし歸鴈は故郷ならはわさりといふ字も衍(アマラ)

都をは霞と共に出しかと

      秋風そふくしら川の關

錦 江 春 色 逐 人 來

巫 峡 清 秋 万 壑 哀

老杜か手なれとも能因に及はすとかきゝし

●いつの比にかありけんミノ斜嶺亭にまして

もらぬほとけふは時雨よ草の屋根
   斜嶺

火をうつ音に冬の鶯
   如行

一年の仕事は麥におさまりて
   芭蕉

まことや此第三を十餘句ほとせられて後座かしめりたりとて此句に決せられたりと其連衆のかたるをきゝぬ賈嶋は推敲の二字になやみ圓位上人は風に靡くの五字につかれ給ふとそ難波の西鶴といふもの一日二万句のぬしになりたりとて人もゆるさゝる二万翁とほこりたるはもとより風雅の瞽者なれは力なし

笙ふく人留守とは薫る蓮かな
   西鶴

紅粉をぬらすしてをのつから風流なるこそ由來風雅の根基なるに此句風流を得たかりて風流なし留守とはかほるめつらしき薫にこそとはの二字をのか得し俗たふらかしにして生得の風趣なり是等を發句なりと一生を夢裏にたとれる殘まし渠(カレ)は此筋の野人にして論するにたらすといへともひさしく初心の爲に虚名をひきて風俗をみたし剰晩年には好色の書をつくりて活計の謀としたる罪人志あるもの誰かにくまさらむ

   各々文通の句

青簾いつれの御所の賀茂詣
   其角

うかれ出て山かへするかほとゝきす
   去來

あやめ見よ物やむ人の眉の上
   嵐雪

とへはこゝ野中の里や杜宇
   風國
  セゝ
夕立にこまりて來ぬか火とり虫
   正秀

傍過てあまりにおもふ水鶏哉
   土芳

   東武吟行の比

かるかると荷も撫子の大井川
   惟然
 ふんこ日田
鶯はいなせて竹の蝸牛
   風士

山中や鶯老いて小六ふし
   支考

編笠の願見ゆる祭かな
   朱拙

三日月にふすりのかゝる蚊遣哉
   野紅

尋常の茶巾さはきや汗拭
   嵐雪
  尾州
川除の石垣つむや夕すゝみ
   素覧

夏菊や能季に咲て月の庭
   橋木
  伊賀
悲しさを生付たる螢かな
   猿雖

   伏見船

乘合は夜中を作る螢かな
   千川

   或人の別莊に入て四明の翁か月と影と我と三盃三盃と
   いへるたゝすまひもなつかしまれて

柚の花の下て酒のむ月夜かな
   露川

傘の帋一重なりほとゝきす
   朱拙
  長崎
杜宇あてた明石もすくし梟
   卯七

何故そ雨にうたれて杜宇
   諷竹

飛込たまゝか都のほとゝきす
   丈草

ほとゝきすたとへ近道猿すへり
   正秀

   十八樓記

みのゝ國なから川に臨て水樓有あるしを加島氏といふいなは山後にたかく亂山西に重りて近からす遠からす田中の寺は杉の一むらにかくれ岸に添フ民家は竹の圍みのみとりもふかしさらし布所々に引はえて右にわたし舟うかふ里人の往かひしけく漁村軒をならへて網をひき釣を垂るゝをのか様々も只此樓を賞(モテナス)に似たりくれかたき夏の日もわするゝはかり入日の影も月にかはりて波にむすほるゝかゝり火の影もやゝちかく高欄のもとに鵜飼するなと誠に目さましき觀なりけらし彼瀟湘の八つのなかめ西湖の十のさかひも涼風一味の内におもひためたり若この樓に名をいはむとならは十八樓ともいはまほしや

芭蕉

此あたり目に見ゆるものはみなすゝし

   はるの句

鳶の輪につゐてよらはや山櫻
   丈草
  嵯峨
草菴をさかし出されし櫻かな
   野明

雪のある山を柳の見越かな
   支考
  江戸
ほんほりと日の當りたる柳かな
   野坡

松はらに取合にくきやなきかな
   素覧

さらさらの匂ひならねと梅の花
   諷竹

高塀の内に梅あり細小路
   斜嶺

卓散につゐても足す梅の花
   浪化

鶯はふくれてはかり蕗のたう
   野紅

鶯の笠落したる椿かな
   芭蕉

燕の舞あつむるや池の魚
   風國

早起や花またくらき雉子の聲
   水颯

白魚やあへかなる身を汐の海
   猿雖

縫ものをさせたきもあり雛の顔
   りん

曲水や筧まかする宿ならは
   其角

草臥た顔に花散る婢かな
   露川
  加州
つほふかき盃とらむ桃の花
   北枝

鶯の來て染ぬらん草の餅
   嵐雪

四方より花ふき入て湖の波
   芭蕉

咲花にうき世の人や神せゝり
   去來
  伊賀
菅笠を小者と見てや花の雪
   卓袋

   冬の句

さひしさの底ぬけてふるしくれ哉
   丈草

一しくれしくれてあかし辻行灯
   去來
  尾州
影法師のかちけて雪の月夜かな
   燕説

雪雲のとり放したる月夜かな
   沙明

有明にふりむきかたき寒かな
   去來

   或女中より短尺給ひたるに
 ふせん大橋
雪何と北の家陰の梅もはや
   元翠

冬椿反は殘らぬ心かな
   土芳

年よれはなを物陰や冬さしき
   知月

   爰に草鞋を解かしこに杖をすてゝ旅寝なからに年のく
   れけれは

年くれぬ笠きて草鞋はきなから
   芭蕉

   あきの句

風の端や蚊屋を押へて星祭
   此筋

寺に寢て誠顔なる月見かな
   芭蕉

   洛の去來旅寢の比田上といふ山家にいさなひて

名月の梺を呼や茂木肴
   卯七

名月や田上にせまる旅心
   去來
 出羽鶴岡
名月のかうして居たるおもしろさ
   重行

   大津止泊
筑後久留米
湖に行水すつる月夜哉
   西與

とやかくと身をあやつりて秋の風
   沙明

菊の後大根の外さらになし
   芭蕉

   閉關之説

色は君子の悪む所にして佛も五戒の初めに置りといへともさすかに捨かたき情のあやにくにあはれなるかたかたも多かるへし人知れぬくらふの山の梅の下ふしに思ひの外の匂ひにしみて忍ふの岡の人目の關ももる人なくはいかなるあやまちをか仕出てんあまの子の浪の枕に袖しほれて家を賣り身をうしなふためしも多かれと老の身の行くすえをむさほり米錢の中に魂をくるしめて物の情をわきまえさるにははるかにまして罪ゆるしぬへく人生七十を稀なりとして身の盛なる事はわつかに二十餘年なり初の老の來れる事一夜の夢のことし五十年六十年のよはひかたむくよりあさましうくつをれて宵寢かちに朝起したる寢覺の分別何事をかむさほるおろかなるものは思ふ事おほし煩悩増長して一藝すくるゝものは是非の勝るものなり是をもて世のいとなみにあてゝ貪欲の魔界に心を怒らし溝洫におほれて生かす事あたはすと南花老仙の唯利害を破却し老若をわすれて閑にならぬこそ老の樂とはいふへけれ人來たれは無用の辨あり出ては他の家業をさまたくるもうし尊敬か戸を閉て杜五郎か門を鎖さんには友なきを友とし貧を富りとして五十年の頑夫自書自禁戒とす

蕣や晝は錠おろす門の垣
   芭蕉

   偶 作

世の中は只山雀の輪ぬけ也
   朱拙

芭蕉老人の遺稿ともよのつね好事のもとより贈られたるは洛の風國泊船集に出たれはふたゝひ爰に贅せす伊陽は翁の熟地なれはもしくはと土芳猿雖のかり鴻書して丐たるにこゝにあかちかしこにとられて大むね烏有となりたりとてこの歌僊をおくらるよつて爰に加えて追加とす

   戌七月廿八日猿雖亭夜席

あれあれて末は海行野分哉
   猿雖

 鶴の頭をあくる栗の穂
   芭蕉翁

朝月夜駕に漸追付て
   配力

 茶の煙たつ暖簾の皺
   望翠

かつたりと拐を下す雜水取
   土芳

 窮屈さうに袴なるなり
   卓袋



元禄十二己卯正月

   洛陽書林井筒屋勝兵衛辛

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