榎本其角
『葛の松原』
弥生も名残お(を)しき比にやありけむ、蛙の水に落る音しばしばならねば、言外の風情この筋にうかびて、「蛙飛こむ水の音」といへる七五は得給へりけり。晋子が傍に侍りて、「山吹」といふ五文字をかふ(う)むらしめむかとを、よづけ侍るに、唯「古池」とはさだまりぬ。しばらく論レ之、山吹といふ五文字は風流にしてはなやかなれど、古池といふ五文字は質素にして実也。実は古今の貫道なればならし。 鎌倉を生て出けむ初鰹 五月雨にかくれぬ物や勢多のはし 詩哥に名所を用る事たやすからじ。「かまくらの初鰹」は、支考が東より帰けるとき、かゝる事ありとて見せ申されしを、「生て出るといふに鎌倉の五文字、又その外あるべくとも承わ(は)らず」と申したれば、うれ敷きゝ侍るとて阿叟もにくみ申されしが、みづからも徼幸にいひ明しぬらむ。 五月雨の増ぞまさぬぞといへる処、もろこしに五湖あり。倭には一二にも過べからず。しからば勢多といへるものは古今の摸揩ともなるべし。 |
○発句は、なるべきとなるまじきを見る事、第一の工夫なるべし。 辛崎の松は花よりおぼろにて 此句、錦をきてよる行人のごとし。好悪はその人ぞしり給ふらめ。たまたま起定転合の四格をしれる人も、第三のとまりはなに故に文字のさだまるといふ事をしらねば、一生を返魂の烟の中にかげろふ。かなしむべき風雅の罪人(ツミンド)ならむ。此句、花の字なからましかばしらず。 |
鳳来寺 夜着ひとつ祈り出して旅ねかな 草臥て宿かる比やふじ(ぢ)の花 かゝる有さまの人こそ、むかしもありしとはおもひしらめ。 |
木曽塚に旅寝せし比 |
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いせ |
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木曽殿と背(せなか)あはする夜寒哉 | 又玄 |
白桃や雫もを(お)ちず水の色 | 桃隣 |
緋桃は火のごとくなるねど、白桃はながるゝにちかかるべし。「ひさしく薪水の労をたすけて、此句の入(ニツ)処あさからず」と、阿叟もを(お)きあがり申されし也。 此わすれながるゝ年の淀ならむ 名月や池をめぐりて夜もすがら 必とする事なきは素堂亭の年わすれにして、固とせざるは芭蕉庵の月見なるべし。 |
於二図司之凋柏堂一而絶レ筆。 元禄壬申五月十五日 |
東行餞別 |
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此こゝろ推せよ花に五器一具 | 芭蕉 |
白河の関に見かへれいかのぼり | 其角 |
片方はわが眼なり春霞 | 桃隣 |
釈支考、奥州の間を経て、岩城に |
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も行脚すべきよし聞へ(え)ければ、 |
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年経ても味をわするな岩城海苔 | 露沾 |