榎本其角



『葛の松原』

野盤子支考述、潜淵菴不玉撰。

元禄5年(1692年)春から夏にかけて支考が奥羽行脚した折の記念集。

巻末部に「図司之凋柏堂而絶筆。元禄壬申五月十五日」とある。

 弥生も名残お(を)しき比にやありけむ、蛙の水に落る音しばしばならねば、言外の風情この筋にうかびて、「蛙飛こむ水の音」といへる七五は得給へりけり。晋子が傍に侍りて、「山吹」といふ五文字をかふ(う)むらしめむかとを、よづけ侍るに、唯「古池」とはさだまりぬ。しばらく論之、山吹といふ五文字は風流にしてはなやかなれど、古池といふ五文字は質素にして実也。実は古今の貫道なればならし。

   鎌倉を生て出けむ初鰹

   五月雨にかくれぬ物や勢多のはし

 詩哥に名所を用る事たやすからじ。「かまくらの初鰹」は、支考が東より帰けるとき、かゝる事ありとて見せ申されしを、「生て出るといふに鎌倉の五文字、又その外あるべくとも承わ(は)らず」と申したれば、うれ敷きゝ侍るとて阿叟もにくみ申されしが、みづからも徼幸にいひ明しぬらむ。

 五月雨の増ぞまさぬぞといへる処、もろこしに五湖あり。倭には一二にも過べからず。しからば勢多といへるものは古今の摸揩ともなるべし。

○発句は、なるべきとなるまじきを見る事、第一の工夫なるべし。

   辛崎の松は花よりおぼろにて

 此句、錦をきてよる行人のごとし。好悪はその人ぞしり給ふらめ。たまたま起定転合の四格をしれる人も、第三のとまりはなに故に文字のさだまるといふ事をしらねば、一生を返魂の烟の中にかげろふ。かなしむべき風雅の罪人(ツミンド)ならむ。此句、花の字なからましかばしらず。

      鳳来寺

   夜着ひとつ祈り出して旅ねかな

   草臥て宿かる比やふじ(ぢ)の花

 かゝる有さまの人こそ、むかしもありしとはおもひしらめ。

   木曽塚に旅寝せし比

 いせ
木曽殿と背(せなか)あはする夜寒哉
   又玄


白桃や雫もを(お)ちず水の色
   桃隣

 緋桃は火のごとくなるねど、白桃はながるゝにちかかるべし。「ひさしく薪水の労をたすけて、此句の入(ニツ)処あさからず」と、阿叟もを(お)きあがり申されし也。

   此わすれながるゝ年の淀ならむ

   名月や池をめぐりて夜もすがら

 必とする事なきは素堂亭の年わすれにして、固とせざるは芭蕉庵の月見なるべし。



図司之凋柏堂而絶筆。

   元禄壬申五月十五日



   東行餞別

此こゝろ推せよ花に五器一具
   芭蕉

白河の関に見かへれいかのぼり
   其角

片方はわが眼なり春霞
   桃隣

   釈支考、奥州の間を経て、岩城に
   も行脚すべきよし聞へ(え)ければ、

年経ても味をわするな岩城海苔
   露沾

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