白井鳥酔

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『天慶古城記』(鳥酔編)

 宝暦4年(1754年)3月、鳥酔は筑波山詣の途上下総国相馬郡守谷(現:茨城県守谷市守谷)に将門の遺跡を訪ねている。

宝暦5年(1755年)の年次集。

   相馬覧古

善に名を残す者は人是をうらやみ悪に名をのこすものは人是をにくむ羨む事は後世に勧め憎む事は後世に懲らす善悪ふたつなからともに捨へからすことし甲戌春三月筑波山詣の頃総陽相馬郡守谷の郷斎藤氏の宅に淹流す駅の後に一城のかたちを残す是や伊予掾純友と心をあはせて恐なくも十善の皇統を望ミ猿島郡石井の郷に内裏を造営したる相馬の将門か里人の云産所は同郡御出子村母は蛇身也とそ由来あり旧跡とかや一説に内裏を建たるは此所とも

江都

蓮池やめくれはかはる花の奥
 百卉

蕣や手水の度に4あちら向
 徐来

何の実の味から知るや今朝の秋
 烏黒

蕣や其日其日の花の兄
 烏明

里を見ぬうちは連也かんこ鳥
 至涼

出る度に負て知らるゝ角力哉
 左明

武州

短夜や朝寝へ更る鶏の声
 古由

月の星の峠に見るや雲の峰
 書橋

行暮て野に音拾ふきぬた哉
   
 仙朝

川蝉や柳を誘ふ水の音
  芝江改
 星布

憎るゝ雲も待れて初しくれ
   
 雉啄

森ひとつ筏に捨てけふの月
   
 星飯

右八王寺(ママ)春暁庵連

下総

隠れ家の人に曇るや菊の花
 弄船

上総

柴橋の落て蜘手や杜若
 雨林

ふり向は霞は青き若葉哉
 林烏

かい敷の草に活たり初鰹
 巨梅

勢州

蕣や露と答す咲て居
 呉扇

朝顔や四五日捨て起おほえ
 秋瓜

うれしとは人にいはせて女七夕
 門瑟

市中や何見定ん今朝の秋
 鳥酔

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