雨声庵山皓

『笠の連』

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 宝暦10年(1760年)4月19日、山形の俳人雨声庵山皓が象潟へ旅立った俳文紀行。25日、象潟に着く。30日、帰郷。

宝暦辰のことしあるき神にうかされて、しきりにきさかたの方したはしく、さハとて同志の人もなければ、おもひ立しを吉日と笠に草鞋の風客となりぬ。門出の日は卯の花月中の九日なりけり

雨声庵主

旅の今朝目に塵もなし若葉時

   清池村のわかれ道にて

道問へばみなが仰ぐ田うへかな

天童なる浦夕子を尋ねて

 おのづから畳も青し若楓
   山皓

 その下闇を問ふほととぎす
   浦夕

天童念佛堂の境内に翁塚を拝す。うしろには楯跡の小山をたのみ、碑前にはおのづからなる古池あり。松風は梵をなし、蛙とびこむとの詠も眼のあたりなり。

 鉦鼓より鳥のかんこや翁塚
   山皓



古池や蛙飛こむ水の音

現在天童市貫津の旧家にある。

林崎壺中亭の閑窓を問ひて、三年あまりの談笑に折からの夏の月の更るを惜しむ

みじか夜や咄しは翌日へあまるほど
   山皓

 蚊やりもてなす迄の隠れ家
   壺中

天童なる池青子におもはずも爰の得失亭にて初て相見の俳談をむすぶ

おもしろし何処で聞ても郭公
   山皓

 ともに笠脱ぐ宿に涼風
   池青

   船中眺望

涼しさを帆に貯ふてや最上川

頭陀をまくらにしばし労れをわすれんとすれど

櫓のおとにいとど寝られぬ暑さかな

矢向明神の立給ふ岩山の景色いはん方なし、すべて此ところ岩組山のかかり勝手にて、画工も筆におよびがたしとぞ

涼しさのあちら向けり岩の鼻

   白糸の滝

茂りから手際も細し滝の糸

清川に着て今宵は旅篭屋に入りぬ。相宿に芝居なる者の卅人ばかり、終夜三味せん引。ばくち打いとさはがしきに、我は伴ふ人もなければ、片住なる小座敷に木枕を友として宵より臥しぬ

生薪の馳走もありて蚊やりかな

かねて文通に俳談の因みはむすび置し柳下斎雅翁の玉床下を窺ふ

夏来てもたのむ影ある柳かな
   山皓

 麓はずれな山ほととぎす
   風草

年来恋わたりしも望たりて、今日や象潟ニあそぶ

蚶潟や海と山とに月凉し

象潟


大石田なる戸田氏より爰の蚶満寺方丈へ一封を言伝りしに、しかじかのよし書添へられしや、山形よりの旅客あるべきよしの御意にて、眠蔵へ召れてさまざま御物かたりのうえに、俳諧行脚とあれば、面前の眺望を発句いたせとの御仰に、いなみがたくて、取あへずかく申侍りぬ

藻の花も庭のながめや蚶満寺

   西行桜

花と見し俤もあり夏の雲

山形なる山皓の主に閑荘を訪れ侍りしに、折から老眼の煩らはしきろり、談笑の交りも等閑なるにいとど心残りて

短か夜や老のはなしの行たらず
   風草

 又もあふぎの縁に聞書
   山皓

門出を鞍馬にいさむ雨はれて
   非而

留別

象潟鶴岡行脚もけふや帰路に趣けば、振りすてがたきわかれを惜しむ

みじか夜やまた山の端に月の欠