白井鳥酔

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『乙酉吟行甲乙記』

 明和2年(1765年)9月11日、鳥酔が輕羽法師と雨月と共に常陸を旅した紀行。

 明和2年(1765年)、『乙酉吟行甲乙記』(鳥酔編)刊。

羚羊の角をかけて安く眠る元祥禪師は、常陸國笠間龍門山盛岸禪寺を辭し、今江都聖坂龍谷山中に草庵を營て嘉遯す。余風雅に交て方の内外を忘る。いまや龍門山の松茸さかりなるへし伴ひ連て飽せむとすゝむ。余兼て水府常盤山 神祖の大廟に詣むこゝろさし久し、此彼を思ひあハせて雨月坊を語らひ、すゝろに行裝を束ぬ。

影肥て戻らん後の月の旅
   鳥醉
留 別
野に寢ても萩薄あり花の陰
   雨月

爐に灰を入れて待へしきりきりす
   孚石
祖 座
影添てたのむ杖行く野菊哉
   百卉

    此時松露庵主は昨烏を携へ相中に赴く、金亀山より文通

   名月や海士を見送る浪の下
   烏明

   姥島の捨所よしけふの月
   昨烏

    百明坊は南總の藻友に招れて東金古城下へ徐歩す。文通

   菊の香や段々細き水のおく
   百明

   いなつまや舟呼聲の行違ひ
   雨林

    風谷子は菊の露浴んと、玉くしけ箱根へうかれ行く。文通

    鹿鳴や靜更るあらし山
   風谷

留主の事は孚石子にうちまかせて置ぬ。

龍乙酉に次る秋九月十又一日、楊柳橋邊たるゝ楊柳に水棹さはつて散浮く一葉の船を倩ひ漕出す。睨すれハ二國橋にしはらくの餘波あり。御厩の渡にハ東西兩岸の肩摩を見る、花川戸にはもの洗ふ女あり。金龍山にハ朝參する祖父婆々の多に驚き、日本堤にハきぬきぬの足もとうしろ髪いまたすゝます。牛頭山には木魚の響を聞く、在五の社には公孫の遊ひを噂し、梅子の塚には年々人に着て飛ふあはれをおもひ、爰に墨江八首の風姿を盡せは、我等談裂の狂句は贅せす。

南總東金の巨梅子幸に見送り隅田のわたし場にして別る雌歌 とんほうも水棹わすれて物狂ひ 巨梅 留別 歸るまて淋しさ忍へ鴫一羽 鳥醉 鐘か淵の水すさましきを過て午鷄の聲する時千壽大橋に械をたて、飯店に立寄草鞋にかえて光り釜の煮へを聞。六月村の炎天寺を問ひ、水神村の水に口すゝき、越ケ谷驛島根氏は舊識なれは一夜旅ならぬ饗應にあふ。

十二日ハ幸手の驛に木賃を定む。爰そ虱の這ふ始也けり。

奥の一間に宿の美女とも若き旅人の爲に潮來ふしをくり返し諷ひ、酒のみ更していとかまひすし。輕羽禪師一女を呼て曰、如何恁麼の事非人なりと棒喝をあたふ、則靜座す。

十三日 栗橋驛の信友素人亭に例の粟餅をねだり、歸路を約して出て、古河城北龍溪山永井禪刹に行嚢を置く。山主岳全和尚は輕羽師の法弟にして、至る時家に歸るか如し。爰に孤帆子といへる風流の一老人ありとく來り眉を交ゆ、今宵は古河のわたりの月よろし、先ツ兼栽櫻見せむと嚮道せらる。



河千鳥塚 寶暦辰仲冬三日徳雨建 在社頭南隅樹下



自然石正面に「一疋のはね馬もなし河千鳥」といへるはせを翁の遺章とて□す。アゝ鼻祖の徳光今海内に輝きて、かゝる邊際に至る迄景慕する事の尊くて泪睫にあまり侍る。聊鄙言を墓下に諷ふのみ。

   秋のくれ馬も千鳥もなかりけり
   鳥醉



水府城外常盤山。蒼翠列樹の中を登る、をのつから爰に六根を清む。

神祖廟前

君か代は苔むすさゝれ石の上にかしこまりて、今や海内鼓腹の蒼生に交り樂む我か等蚩等蚩たりといへとも、文運を祈り膝行して退き、折腰して三度秘宮をめくり彫棟畫柱の丹青をつくつくと拜む。まことにたらぬ鳥なき日嶽につゝいて目を驚かすのミ

   秋の松四海の常盤拜ミけり
   鳥醉

   神垣や松たいらかに色かえす
   雨月

城北田中の勝暦蓮宇に常念佛の鉦の音よはるか、虫のとあはれみ、吉沼の圓通閣ハ坂東第三也、御詠歌を諷ひ枯たる木にもとたのもし。猶芭蕉翁の古碑を尋ね拜すれは、はせを野分しての遺章を勤す、太田氏湖中老君建ツ。



五日 黄昏 栗橋驛移柳園に到る

主人梅澤氏素人亭。往し壬申冬十月 余星飯法師と杖を一双して奥羽浮遊の戻にも芦野の里に床しき田一枚植て立去り給ふ柳の繊枝を手折り、傍なる畠に引居たる蕪一根を乞ひ求め其もとをさして、十夜十舎のこゝろをつけつゝ、飯師と共にかはるかはる持來て爰の庭隅南の地をゑらひ挿ミ、則移柳園と命して一章を囁く「うつし置く柳を花に小春哉」風土にかなひ繁茂する事手をもて索伸すか如し。おもふに主人か風流と我か志しとに師翁の加祐あるか。余年々蛙歩し來り、あるしか物數奇と我かものずきをあはせ、幹の曲れるをため婆娑たる枝の行義を直して樂ミとなすは、まことに一子の成長を見るにひとし、俺か身後の魂は此樹を去るへからす。ことし乙酉の秋 大廟に詣て水府のかへるさ、初冬上の五日此亭にやとる。其世花胥に感あり。

とく起て朝戸開に、夜來の雪尺にあまり一色の銀界塵芥を起す、膝席せる二三子主人と共に豐年の噂はさらにして、庭裡の愛樹を見れは楚腰二八の妓あつて素きを被きたてるに髣髴たり、をのをの心をうはゝれてあから目もせす、主人戯れて、曰、向來此柳は此姿に粧ひを極むへしといふに、一句を得て夢さめぬ。

其   句

我老憊よく忘る、あるしか朝寝を待兼て語る。主人二七の詞をつき、詞友來て世吉となりぬ。

   積る雪柳の形を定めけり
   鳥醉

   氷る鏡に岸の白鷺
   素人

   案内は里に端折らぬ翁にて
   歌朝

      滿 座   題 雪 柳

   積雪の木々にわかれて柳哉
   歌朝

   影ほうしは雪にわたして柳哉
   素人

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