白井鳥酔

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俳諧稲筏』(鳥酔編)

 元文4年(1739年)、白井鳥酔は武蔵国塚越(現蕨市)の俳人梅富を訪れ、秩父に行く途中の白兎園宗瑞と同宿した。

あるし梅富まて一趣向ありと鼻のあたりおこめきいてゝ案山子とも見せたりと諷ふされは笠着なから竿を弓にしなへたる眼前を残さすしてよし是やけふの獲なりとて帰る折から白兎園主人も秩父山歩きすると出立て其夜は彼亭にとゝまる

元文5年(1740年)か寛保元年(1741年)の成立と考えられる。

   短歌行

目出たさに鶴も下りたり種おろし
鳥酔

 柳あらたに門前の橋
 梅富

   春之部

涅槃会の表具に柳さくら哉
 柳居

張物に紋の出来たる胡蝶かな
   
 吐華

痩て居て力つよさよ梅の花
   鴻巣
 柳緑

空を羽に今掃たてゝ雲雀哉
   
 千杏

   短歌行

苗代や日あしにつれて引延し
宗瑞

 跪いたる牛にかけろふ
 梅富

   春之部

風に散る華や梨地の鞍馬山
 竹外

打かへす田より崩れて帰る雁
   下総銚子
 弄船

うくひすのつまみ捨たり竹の雪
   騎西
 戸涼

   短歌行

松風も青みを散らす田植哉
鳥酔

 鷺も蓑毛を振ふ入梅晴
 梅富

   夏之部

手に持て居る間もそよく早苗哉
   越ヶ谷
 完石

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