俳 書

『射水川』(十丈編)


 元禄9年(1696年)、竹内十丈は伊勢、京都、大坂、粟津、彦根などの松尾芭蕉の高弟を訪ねる。

 元禄14年(1701年)7月12日、『射水川』(十丈編)自序。北枝跋。

射 水 川 

一とせ洛の法師をすかして、古翁の吟詠二章を得たり。是を錦のふくろにおさめて、此度撰集の花のかさしとせり。

   名月の夜やおもおもと茶臼山

   うとまるゝ身は梶原か厄拂

此時この二章を龍虎の旗印となさむに、何の草木かその風になひかさらむ。しからはたましゐこゝにおはせさらむや。そもそも梓弓のかへらぬむかしをなけくに、古翁の此國を過給ひし時、人の得しらぬこそあさましき折ふしなれ。

伊 勢

   記行

元禄九年の秋、伊勢の國をはしめて風雅の友達を尋ぬるに、凉菟のぬしまつしたしむ。支考は舊里のかたへとて、歸庵も一夜二夜のほとならんときけは、二見の浦のまつかゐもありて、あいあふ事のいと嬉しかりしを

大淀の松やあくひに秋の色
   十丈

十丈の何かし草庵をたつね申されしに、我も旅かへりのおなし心にわひて

宿の秋哥よむほとはあれに鳧
   支考

 垣の木槿に朝かほの華
   凉菟

十六夜に昨日の月の噂して
   十丈

   餞 別

草の實の袖にとりつく別哉
   凉菟

跡に居る我を山田の案山子哉
   支考



洛の去來をたつねて其日の別をおしむ

ゆり返す風を離るゝ薄かな
   十丈

 うちひらいたる磯端の月
   去來

菊月の比越の十丈はしめて尋られしか、ほとなき別にのそみて

菊の香や櫻は文て申へし
   風國

 空に心の秋更る月
   十丈

木曾塚

越の十丈吟士、此秋伊勢詣ての道すから、山吟野咏文嚢に滿むとす。就中湖上の無名庵を尋て、蕉翁の古墳を弔ふ餘哀いまた盡すして、予か草菴に杖をひかる。柴の扉は粟津野の秋風に霜枯て、一夜の草の枕何おもひ出ならんとも覺えす。殊更發句せよと望まるゝに、せん方なき壁に片より、柱に背中をせめて、やうやうおもひ付る事あり。翁往昔梺の庵に寐覺して、此岡山の鹿追の声をはかなみ、何とそ句なるへき景情、いつれはとねらひ暮されし夢の跡なから、今又呼やまぬ声々を、むかしかたりのひとつ趣向の片はしにもと筆を馳す。

鹿小屋の声はふもとそ庵の客
   丈艸

 やレ月代のわたる穂すゝき
   十丈

十丈の何かし、湖上の吟詠にしはらく一夜の情を契て

蕎麥の華見するはかりそ庵の客
   正秀

彦 根

越の十丈、みつから風雅の車をおして、千山万水の間にあそふ。今日たまたま草廬を訪はる。殊に重陽の前日成りしか

松茸に八日の宿は菊もなし
   許六

 笠ぬき捨し門の秋風
   十丈

金 澤

   旅行の十丈つゝかなくてこゝに歸
   られしに、都の便もなつかしく、
   一夜此宿に物語して

風雅には痩て歸りぬ顔の朝
   北枝

 袂の霜を振ふ菊の香
   十丈



   山中温泉に大聖寺の人々とあそひ
   て、桃妖亭一會

何に湯のにほひをしめぬ藤の花
   十丈

 見かへす中に雲に入る鳥
   里揚

金屏を雛の名残に立かへて
   桃妖

 誰やらしらす人の來て居る
   關雪

射 水 川 

   春

水壷にうつるや花の人出入
   丈草

小袖ほす尼なつかしや窓の花
   去來

水やそれ空や水なる比良の花
   支考

志賀の花彦根をかけて膳所の城
   許六
  筑前
藪ひとつ蹴れはそこらの花見かな
   沙明

志賀越に追剥せはや花の時
   北枝

三日月のおほろや花のあいしらひ
   十丈

   多武の峰にて

咲はこそ増賀の花も山さくら
   句空

一刷の雲や入日の山さくら
   李由

黄鳥の來て染ぬらん春の餅
   嵐雪

鶯の柳にそまる小雨かな
   浪化
  豊後
鶯や寺のはさかる市の中
   野紅
  新城
うくひすの野梅ははやしさんさ笠
   白雪

若菜摘足袋の白さよ塗木履
   支考

山寺も雪間に出るや若菜摘
   風國

羽織着た祢宜の指圖や梅の垣
   素覧

笹垣やまめな日用かむめの花
   牧童

蓑の毛に雪のけしきや梅の花
   浪化
  新城
眞直に雨の降來る柳かな
   桃後

四日へもやらぬ三日の朧月
   林紅
  備中
鉢いるゝ家は犬ありもゝの花
   除風

   山中の温泉より那谷にまうてける
   か、小松より行程二里はかり、麓
   の人里も那谷村とかいふなる。そ
   れより入て圓通大師の御堂を拜む
   に、諸堂は皆國君の作りみかゝせ
   給ひて、莊嚴の美を盡させたまふ。
   山の姿云はかりなし。百尺の石を
   疊むて削出すかことく、峨峨とし
   てかつ玲瓏たり。此那谷の石のた
   ゝすまゐ、都の石山よりもまされ
   りと云傳へしか、古翁一とせ此山
   に詣給ひしに、石山の石より白し
   秋の風といふ句を、今猶おもひ出
   られて

其石の白みに馴て躑躅かな
   十丈

   餞別

見送りの先に立けりつくつくし
   丈艸

藤の花あふのく男あほうらし
  秋之坊

山吹に金ひしからぬう治もなし
   支考

   夏

松風にほそみの出たる卯月かな
   浪化
  山中
下冷も折から寐よきあやめかな
   自笑
  豊後
蓮を見て大竹くゝる螢かな
   倫女

若竹に鳥の踏はる枝もなし
   雲鈴
  備前
若竹や衣踏洗ふいさら水
   兀峰

つふぬれや五月男の頬つゝみ
   智月
  井波
五月雨や馬屋はあれと茶の匂
   路庭

姑女の顔やたとへは入梅の晴
   木因

葛城や松のはえ込雲の峰
   桃妖

凉しさよ草の葉動く日の曇
   露川
  新城
よき月の隱れて居たる青田かな
   桃先

   その射水川は萬葉の姿に流て、む
   かしの姿もなつかしけれは、此度
   集の名となすへきよし、文通にき
   こへけれは

集の名の寐覺も凉し射水川
   浪化

   秋

秋立といへはやけさは瓜の老
   浪化

瓜畠に秋や來かゝる日の色
   諷竹

蘭の香に嚏まつらん星の妻
   其角

鵲や尾上の杉を橋はしら
   浪化

みそ萩や水の重みの佛の名
   土芳

   長崎にて

見し人も孫子になりて墓参
   去來

駒の口ひかへひかへて鶉かな
   浪化

はつ雁や能登の出張の帆懸舟
   助叟

汐かせにもめても蕎麥の白さかな
   浪化

靜なる鷺にも恥よ稲すゝめ
   許六

   冬

   野明別墅にて

柴の戸や夜の間に我を雪の客
   丈草

饂飩打家や師走の梅の花
   朱拙

塗物にほこりもすこし年の暮
   野坡

雲井にも菜食の嗅や年忘
   浪化

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