田川鳳郎

『鳳朗發句集』


嘉永3年(1850年)、『鳳朗發句集』(惺庵西馬編)刊。百濟堂如息序。

   春の部

元旦の日のさす眉のあはひかな

   恵 方

恵方はと問はゞ年々よしの山

   去年今年

    八十の春秋、人の問にこたふ

此うへの夢に覺えず去年ことし

    八十の上に一ツある事をしりて
    いと珍しくおもひしに、其上に
    また二ツも有けり。

去年今年夫もきのふの言葉哉

   松の内

ことしにもきのふが出來ぬ松の内

   明石夜泊

夜霞は須磨とあかしのとぎれ哉

   春山 春海

いざそこへ膝すりよせん春の山

散たれば明日の日のあるさくら哉

道芝にこす枕なし春心

   田 螺

鳴といふはなしのみきく田螺哉

    玉澤に一瓢上人を訪ふ。廿とせ
    ばかりの昔がたり盡べきにあら
    ず。かたみにまめやかなるを悦
    ぶのみ。將、諸堂の破惶をあら
    ためて、再建の大願、きゝしに
    倍せる火功に眼を驚かす。

鶯も並々ならず雲に聲

   夏の部

   更 衣

    見附の宿を過てはや春の心なし

ふりかへる不盡とはなりぬ衣がへ

    我名を鳳朗とあらたむる時

大空の洗濯もしてころもがへ

    義仲寺にて百五十回忌を奉扇會
    に取越行ふとて、發句望み來り
    ければ、十とせの秋も百いそと
    せの昔語

白扇故郷と書て手向けり

    應々尼を悼む

葉がくれて春も殘さず姥櫻

   卯 花

紙燭して垣の卯の花暗うすな

    信陽澁峠

切たのを置日かげなしゆりの花

   杜 鵑

    錦帶橋

一橋に一夜づゝなけほとゝぎす

    深山木も人と見なさば閑なるべか
    らず、陋巷も仙蹟とおもはば安か
    るべし。偶、水篶家を訪て

塵の奥の青空あをし薫る風

    北國紀行

六月や音には波も有磯海

   秋の部

   立 秋

蚤取てゐれば秋たつ衣かな

    甲斐谷村の西に白瀧といへる有
    蕉翁此地に遊びていきほひあり。
    氷柱消ては瀧津魚 其眞蹟、某が
    家に秘蔵す。予も是に倣て

いきほひの稲妻けすや瀧のおと

   木 槿

    官をやめる心ざしなりて、道ばた
    の木槿と聞えし吾翁のいましめに
    ならふ。

かくれ家や馬もしらざる花木槿

   稲

    酒折宮

苗取て夜には幾夜ぞ稲の露

    松平四山子、竹をわりて一弦を
    すげ、さまざまの和歌などに曲
    節をものして彈ぜらる。其音瀟
    にして簫瑟たる事妙にわたる。

須磨琴の裏こゑ更せきりぎりす

名月の枝うつりする山路かな

   御遷宮

    文政午年九月神風の伊勢に旅寐
    して

御遷宮只々青き深空かな

    木母寺茶店

此木の間誰もしらぬや後の月

   冬の部

    時雨會

今日にあふのみか旅して初時雨

    小夜の中山にて

蓑ほしと石も今日泣けはつ時雨

    祖翁の遠忌に當りて神號を給り
    ける有がたさを、伊賀の連衆に
    告まほしう立寄ける時、塚の御
    前にすゝみて

隱るれば葉まで明るしかへり花

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