藤森素檗

『ひなほうご』(青隠編)



文政4年(1821年)、藤森素檗は64歳で没。

文政4年(1821年)、追善集『ひなほうご』(青隠編)刊。

 鄙反古

素檗佛

   春はやく不尽の白雲出にけり

 斯吟ぜられて我東武行を慰られし福菴の主、茲としきさらぎ末の六日といふに至楽の國のまろうどゝなりてあらたなる土を加へ給ふ。世ハたゞ定なしと思とるのミ。寔にたがハずとなん。こたび鵞湖城の太夫より追福撰集の沙汰せさせ給ふとか。小子ハたゞ翁のいまそかりし日来の反古どもかい集めて聊其神をなぐさめ侍るのミ。

 文政四年

いろなくて春をふくめりつくつくし
  素檗

道芝ワたる苗代の水
   青隠



諏訪の江上に艸鞋を濯で福菴にいこふこと已にミとせ、ことし城東の阜のべにありつる柴の菴を清めてたゞかりそめの雨やどりとす。こゝに黄檗隠元禅師の額とかや、不二菴の三字を書す。こハあるに任せ呼に任せて此いほの記念とハなしぬ。

名のつかぬ始おかしや不二の山
   青隠

けふの影さす鶴の大空
   吾三



吹ちりて山にたもたずほとゝぎす
車両

年の寄る薬になるや時鳥
   ムサシ
柴雨

猫の手の届く手つきや笹粽
一茶

かたつぶり碓の小ぬかのかゝりけり
護物

秋の夜やせめてともしのある持佛
葛古

おとしやる水にも秋をへらしけり
露丸

七夕や松の千とせの名も淋し
   ムサシ
青荷

訳もなや月にまたるゝ十三夜
碩布

十六夜の月有明もいざよひぬ
可布

天の川枯野になれバ音もせず
若人

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