井上重厚
『はすのくき』(三白編)
我師前落柿舎、ふたゝびみちのく南部に杖を曳たまふ時、人々こそつて芭蕉百回忌俳諧の導師たらむことをねかふ。ゆゑは江州粟津本廟にはとほくへたゝりて、たれかれあしとゝかす。爰に古人麻斤坊か建おきたる古池やかはす墳あるを幸と、今日たゝいまその碑前におゐて、懐舊の一會を勤ること、誠に風雅の冥加也。
志雪窓三白 謹書 |
懐舊之俳諧 |
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おきな忌や露一巻を千部經 | 三白 |
ひかりまされる百年の月 | 代美 |
妻におくれしとき |
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あやめふく軒や葱の魂まつり | 平角 |
重厚入道に隨身して蝦 |
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夷まつ前にわたるとき |
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縦横に草鞋ふみけり露時雨 | 夜來 |
寢かへりに奈良の鐘きく二月哉 | 英里 |
既に九年の春秋を經てふた |
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たひ岩手の關をこゆる |
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鑪山や五月五日の草ふまん | 重厚 |
花巻 |
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如月をたしかに見たり二日月 | 鷄路 |
毛馬内 |
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うめさきて寺に米搗くおとこかな | 里夕 |
諸國諸音 |
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江戸 |
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春の水爰とむれははやき哉 | 長翠 |
つま鴈のさそへるこゑの礒のやみ | 春鴻 |
おろおろと山鳥なきて梅かちる | 柴居 |
(※「曷」+「鳥」) |
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浦の松はるの山よりみゆるかな | 葛三 |
名月やこゝろとむれは波のうへ | 烏明 |
あさなあさな軒端に近し彌生山 | 宗讃 |
行年や水に影守器もの | 巣兆 |
うめか香を袂にいれて空ね哉 | 成美 |
鹽竈 |
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目をとちて山さためけり春の海 | 文之 |
白石 |
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斧の柄やかつきなれたる花の中 | 乙二 |
秋田 |
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日は花の中より暮るゝ木槿哉 | 五明 |
甲陽 |
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門松や鶴背の關の朝ほらけ | 石芽 |
大津 |
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あつき日や袈裟ぬふ尼の目の疎き | 沂風 |
大坂 |
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澁柿に今日も暮行く鴉かな | 二柳 |
京 |
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もの知れる人にもうとし冬こもり | 瓦金 |
隣ありて憂を求るきぬた哉 | 只言 |
烏帽子きて若菜つむ野や畫の姿 | 蝶夢 |
天の橋立 |
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はし立や守神ならは波こえん | 蘭更 |
武藏玉川 |
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玉川のなみかけてけり衣かえ | 曉臺 |
左の俳諧しりへにものして |
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衆人みな醉り我ひとり醒た |
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りと鼻の下うこめくも腹ふ |
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くるゝわさなり |
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名月や浮世にくもる人の影 | 重厚 |
水不言こゝろすむ秋 | 其黒 |
冬瓜のうすくれないに蔓伸て | 三白 |
寛政三辛亥天七月十二日 |