服部嵐雪

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『玄峰集』(旨原編)

寛延3年(1750年)1月、『玄峰集』(旨原編)。

小栗旨原は江戸の人。別号百万坊。

『玄峰集』・『五元集』などを編集。

安永7年(1778年)6月16日、54歳で没。

玄峰集 春之部

元日やはれて雀のものかたり

面々の蜂をはらふや花の春

   む月のはじめのめをといさかひを人々に笑は
   れ侍りて

よろこふを見よやはつねの玉はゝ木

   憶翁の客中

裾折て菜をつみしらん草枕

鶯をなぶらせはせじ村すゝめ

   梅

むめ一輪一りんほとのあたゝかさ

   臥龍梅

白雲の龍をつゝむや梅の花

   翁の春もやゝけしきとゝのふと申殘されし
   句意を味へ侍りて

この梅を遥に月のにほひかな

蕗のとうほうけて人の詠かな

狗脊(ぜんまい)の塵にゑ(え)らるゝわらひかな

きさらきや火燵のふちを枕もと

   歸 雁

順禮に打ましり行歸雁かな

   行脚惟然へ申おくり侍る

木の枝に志はしかゝるや風巾

   蛙 合

よしなしやさての芥とゆく蛙

中川やほゝり込んても朧月

   出かはり

出かはりや幼心にものあはれ

出かはりや其門に誰辰の市

うます女の雛かしつくそ哀なる

桃の日や蟹は美人に笑はるゝ

   花

あらおそや爪(つま)あかりなる花の山

花に風かろくきてふけ酒の泡

富士を見ぬ歌人もあらん花の山

大井川船有ごとし花の旅

玄峰集 夏之部

   更 衣

塩魚の裏ほす日なり衣がえ

   伊勢法樂

こゝろには松杉ばかり郭公

錦帳の鶉世を草の戸や蜀魂

   待乳山の社頭に雨をしのぎて

空は墨に畫龍のそきぬ郭公

   悼晋子か母

啼いりて音もなしそれは時鳥

   島田の宿に或僧をとふ

やすき瀬を人に教へよかきつはた

   義仲寺師父の廟

色としもなかりける哉青あらし

   鎌倉鶴ケ岡

並松や行列ありし夏木立

   はせを菴にて

の夜もみしかく成ぬ少しつゝ

 うたゝ寐の夢に見へたる鰹かな   晋子

   其夢に戯る

下部等に鰹くはする日や佛

たけの子やかり寐の床の隅よりも

   善光寺にてみる喰ける尼に

海松ふさやかゝれとてしも寺の尼

   大津の驛に出てゝ

あちさいを五器に盛はや艸枕

蚊遣木や女の斧に石をうつ

さみだれや蚯蚓の徹す鍋のそこ

明てのゝ家に伏見や夏の月

   三河鳳來寺

一もとのあふひを登る山路哉

   打麥歌

蝉鳴や麥をうつ音三々三

   六本木出て

下闇や地虫なからの蝉の聲

   江の島

夏の日やさめて窟のいなひかり

   長谷寺の前にて

飴賣の箱にさいたやゆりの花

   納 凉

犬に迯犬を追ふ夜のすゞみ哉

   目黒の瀧も人のまふでぬ日

底しみづ心の塵ぞしづみつゝ

すみかねて道まで出るか山清水

   芭蕉の墓まいりのつゐて、義仲菴
   へ尋侍りけるに、庵主出奔せられ
   ければ

住持まて拂ひ果けり夏の空

なつはらひ目の行かたや淡路島

玄峰集 秋之部

つくり木の糸をゆるすや秋の風

洛外の辻堂いくつ秋の風

   

齒の跡のあり葛の葉の裏表

   宗祇の廟

石塔をなてゝは休む一葉かな

   市 中

盆迄は秋なき門の灯籠かな

ほし合に我妹かさん待女郎

ほし合や瞽女も願ひの糸とらん

   大伽藍造營ましましける年の今日、
   遠くおがみ侍けるに、富士・築波
   根の間に夏に山ひとつ出來たるか
   と、空のにほひもちかく成べきほ
   どなりけり。

上野より道や付らん銀河

   名月の夜はいかならんはかり
   がたし

七夕は降と思ふかうき世かな

   薄

   のゝ宮にまいりて

嵯峨中の淋しさくゝる薄かな

花すゝき階子(はしご)つれなくこけかゝり

   簔虫の音をきゝに來よ草の庵   はせを翁

      聞にゆきて

何も音もなし稲うちくふて螽(いなご)かな

   うすひ權現にて

いなつまにけしからぬ神子か目さしやな

   鷄 頭

まだ夏の心ならひや葉鷄頭

靈棚の粟にさきたついの字哉

   相 撲

角力とり並ふや秋のから錦

   千本を南へ、よつゞかの邊りへ行
   とて

島原の外もそむるや藍畠

   秋 暮

立出てうしろ歩や秋のくれ

秋の暮石山寺の鐘のそは

   江の島

日を拜む海士のふるへや初あらし

青空に松を書たりけふの月

明月や先ツ盖取りて蕎麥をかぐ(※「鼻」+「臭」)

青鷺の叱(ぎやつ)と鳴つゝけふの月

名月の團友坊は男かな

土臭き鯔(ぼら)にはあらずけふの月

   ひたちの鮭かまくらのかつほ松江の鱸(すずき)
   鱠わたらぬ雁に俎板をならし遠き海の珍物ち
   かき江のひれもの心におもへはよたれになか
   れさもあれことしの名月なかめ得たり

献々と噺てすみぬけふの月

   詞書あり略

早雲寺名月の雲はやきなり

   鎌倉大佛

明月は南を得たり佛頂珠

名月やたしかに渡る鶴の聲

高笑ひ月見る人に見さげたり

   けふ長崎の泥足めつらしき顔もて目なれぬ
   うつは物をおくり侍るに

新月の心はえなり唐煙筒(からぎせる)

   新 酒

我れもらじ新酒は人の醒やすき

   題しらす

はせ釣や水村山郭酒旗風

穂に出て世の中は田も疇(あぜ)もなし

滄浪にのそみたえけり菊の岸

   素堂亭にて人々菊見られけるに

かくれ家やよめ菜の中に交る菊

   京よりから崎へ詣るとて志かの山越はするこ
   となり

志賀越とありし被(かつぎ)や菊の花

玄峰集 冬之部

   讃大黒

神の留守能女房を守るべし

   芭蕉翁回郷

凩の吹ゆくうしろすかたかな

   京にて

ふとん着て寐たる姿や東山

   法華を聞侍りて

   深(※サンズイ+「冗」)著世樂無有慧心

つとめよと親もあたらぬ火燵哉

   十月廿五日共桃隣出武甲江而曁義仲寺
   芭蕉翁之墓歎唱

 上略

   霜月七日のゆふつくよの程に義仲寺の冢上
   にひさまつく空華散し水月うちこぼす時心
   鏡一塵をひかされば萬象よくうつる此師こ
   の道におゐてみつからを利し他を利して
   終に其神不竭今も見給へ聞給へとて

此下にかくねむるらん雪ほとけ

   十月廿二日夜

十月を夢かとはかりさくらはな

   四七日題ス翁ノ三物ニ

木からしの猿も馴染か簔と笠

   十一月十二日初月忌

泣中に寒菊ひとり耐(こた)へたり

   元禄乙亥十月十二日一周忌

夢人の裾を掴めば納豆かな

   七回忌

霜時雨それも昔や坐興庵

   海 鼠

海鼠喰ふはきたないものかお僧達

   冬の日客をもてなす

君見よや我手いるゝそ莖の桶

(※「虫」+「也」)もせよ木兎もせよ雪の猫

   御築地のうちをおかみ侍りけるに如意か嶽よ
   り出る月の南門にかゝりてかぎりなくめてた
   かりけれは

から花に月雪こほすとびらかな

   今の島田よし助が門も見すて
   がたくて

鍛冶の火も殊さらにこそ笠の雪

雪はまうさす先ツ紫の筑波山

   鉢たゝき

今少し年より見たし鉢扣

古足袋の四十に足をふみ込ぬ

おもへばや泣れ笑はれとしの暮

   はせを庵の芭蕉もいまたういういしかりける
   秋桐の葉の一葉とへと告こし給へる事なんと
   おもひ出られ侍りて

錢ほしとよむ人遊かし年の暮

古暦ほしき人には參らせん

蕎麥うちて眉髭白し年の暮

   辭 世

一葉ちる咄一葉たる風のうへ

玄峰集脱漏

名月を家隆にゆるす朧かな

時寛延三庚午正月

百万坊旨原校訂

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