俳 書

『岱表紙』(其明編)



安永2年(1773年)、其明序。白雄跋。乾坤二冊。

其明は信州松代の酒造家。秋毫亭。

岱表紙 乾

枕表紙伝来

芭蕉翁 元禄七年秋九月招に応じて江州膳所曲翠士へ杖をむけられしの時伊賀上野にのこし置れたる一巻也。

此道をゆく人なしに秋のくれ

旅に病て夢はかれ野をかけ廻る

此二句其時の旅中なるべし

土芳(伊賀上野風土さるみの集作者)亀毛(土芳長子)也蓼(伊賀の産、土芳老人の有属にして今奥州船岡大光寺禅和尚、風雅は鳥酔士と蘭薫にして礁花坊也蓼、浪花金竜庵にしては居士と鐺内の粥をわかち一碗の茶もとよりなりし。)烏明(東武今松露庵主)

ことあげせし一巻は也蓼禅師を訪つゝ、しら尾坊が行脚の冥助にかなひて、彈(ママ)師より松露庵につたひゆづられし也。はたとせあまりちきなり。鳥酔彈師にむかひて願くはゆづりうけばやと申されし、其ころ禅師若かりしなるべし。これらをも思ひあはせつ雁行せし斗墨烏光ともに雀躍のあまりたゞ泣きになきつゝ、きよき布もてふくろし襟にかけつ。こゝろつしやかに翁のふみ入たまひし名どころはさらなり。やどりたまひしときくうらやまぢには必ずやどりつ。奥州象瀉をかけ越のしらはまを経て、ながつきの末信中松代御城下につきぬ。松露庵へ一巻をとく送りまいらせぬは便を得て送がたきものなれば也。月毎十二日は先生にかはりて一巻に香花をさゝげ、聯句一巻のたぶけは羈旅艸まくらのひと夜もおこたらじとぞおもふ。雙忌の今日は秋毫亭其明いとせちにまつりつゝ、遺像に換てこれをあしたかきつくゑに据、かはるがはる礼す。正に在すがごとくなりし。

 芭蕉忌

よき寺におもはるゝかな冬桜
  しら尾

杉のはしらよ霜の降ころ
   其明



 四時

しばらくは花のうへなる月夜哉
  芭蕉翁

ほとゝぎす啼音やふるき硯ばこ
   同

やすやすと出ていざよふや月のくも
   同

曾良何がしは此あたりちかくかりに居をしめて、朝なゆふなとひつとはり、我喰ものいとなむ時は、柴折くぶるたすけとなり、茶を煮夜は来て氷をくだく。性隠閑をこのむ人にて、交り金を断。ある夜雪にとはれて、

君火をたけよきもの見せん雪丸げ
   同

秋風やしら木の弓に弦はらん
   去来

かさの緒の跡すさまじやけふの月
   丈艸

けしからぬ桐のひと葉や笙の声
   其角

庵の夜もみじかくなりぬすこしづゝ
   嵐雪

我目にも師走八日の空寒し
   杉風

うちこぼす小豆も巾の師走かな
   正秀

たち出る秋のゆふべや風ほ(ママ)ろし
   凡兆

梅に来てをのをの梅の匂ひかな
   路通

名月や赤穂の汐くみいとまなみ
   許六

蔵のかげかたばみの花のめづらしや
   荷兮

杉の葉の雪おぼろ也夜の鶴
   支考

ちからなや麻苅あとの秋の風
   越人

向のよき宿も月見るちぎり哉
   曾良

ゆく秋を鼓弓の糸のうらみかな
   乙州

けしちりてさゝらけのなき匂ひかな
   千那

やせ馬の鞍つぼ暑し菊一把
   史邦

松明に山ぶき薄し夜の色
   野水

ふるさとに高い杉あり初しぐれ
   荊口

ふけゆくや水田のうへの銀河
   惟然

ほとゝぎす啼々風が雨になる
   利牛

としわすれさかづきに桃の花書ん
   洒堂

いなむらの鶴を見て居る雀かな
   孤屋

かわらふく家も面白や秋の月
   野坡

はつ雪や人のきげんは朝のうち
   桃隣

かたびらや船に髪ゆふはくしげ
   涼菟

あふさかや花のこずゑの車道
   智月

ゐのしゝの田夫に荒す紅葉かな
   乙由

くだけずに奥山椿ながれけり
   柳居

山ざくら世はむづかしき接穂哉
   猿雖

うら盆や家の裏とふ墓まいり
   卓袋

冬梅のひとつふたつや鳥の声
   土芳



元禄二年卯月廿三日

 俳諧之歌仙

風流のはじめや奥の田植うた
   芭蕉

覆盆子を折てわがまうけ艸
   等躬

水せきてひる寐の石や直すらん
   曾良



花鳥にたのしみ、風雨にくるしみつゝ、わが行脚三十余載、これをおもへば世人の生涯をものさまざまにつかはるゝもともに一夢なるべし。

どうゆくも夢埜のうちの小蝶哉
 鳥酔居士



梅の花くれしるころをさかり也
  しら尾

ませこしや連歌吟ずる梅の花
   烏光

闇ふかく匂へるうめの車かな
   其明

   七日善光寺へまいりて

ありがたや乞児も雪をふみきやす
  しら尾

   はつ瀬やまにのぼりて

新樹ふかく大観音のあらしかな
  しら尾

   加茂より七条の僑居へもどりしころ

川ぞひをもどるもよしや御祓の夜
  しら尾

岱表紙 乾

   粟津

ひともとのばせをはかれずなりけり。噫元禄のむかし蕉風ひろごりてすたれる国なし。吁、元禄のむかし

すり寄て墓の秋風きく日哉
    しら尾

   松嶋良夜

松明や松しまの月夜半過ぬ
    しら尾

   九月九日はこね山を越る

きくのけふ飯笥も匂ふ山路哉
    しら尾



冬ごもり壁にものいふひとりかな
 碩布

 四時混雑

雪舞やさくれのかはる車道
   戸倉 柴雨

ゆふ栄やつれなきぼけの咲ところ
    鳥奴

山ふかみ見しらぬ樹より青嵐
    雨石

春の月馬上ながらの物がたり
    井々

はつ雪や萩の籬に待つけし
   志げ女

   以下見聞並文通

人しらぬ雪間や庵のいけ大根
   江戸 門瑟

こがらしや牧からひとつはなれ馬
> 秋瓜

雪の野はみな若艸となりにけり 尺五

高裾に市女連たつしぐれ哉 敲水
  (ママ)
雨の後売らぬ心ぞ庵の月
廿日坊

高欄に鳥遠うして牡丹哉
 蓼太

菊ふして晦日にちかき梢かな
 武八王子 書橋

夜はきゝ今朝はながむる時雨哉
   鴻巣 柳几

鹿啼や茨の道のおぼつかな
   箕田 文郷

ぬれてゆく蓑にさはぐや雨の蠅
 普成

むかひ火や逕(こみち)々に曼珠沙華
  曾我野 兎石

ゆふぐれの西瓜ばたけに這子哉
 眉尺

ひる中の小雨にひかる尾花哉
   銚子 百井

川しもやさかんになりし鵜の篝
 烏朝

何となく椶櫚の日ざしや秋の風
 上総東金 雨林

やうやうに山茶花咲る小庭かな
 雨什

雪の中に折々嘶ふ厩かな
 奥州船岡 也蓼

柴の戸にたえだえふける螢哉
   白河 烏黒

涼更てめしかりにやる庵かな
 加賀津幡 見風

しら梅の寒さも障子ひとへ也
 越前丸岡 梨一

ちる木の葉中にちぎれし蔓も有
    蝶夢

山ぶきやものいふものは水の音
 安芸広嶋 風律

白波や鶚(みさご)のつかむ風の萩
 伊勢松坂 呉扇

のちの月うき世の八の聞へけり
 滄波

朝霧の中に門掃男哉
 伊賀上野 桐雨

明寺の六時を雉子の啼にけり
  名護屋 也有

冬川や箕からあけゆく鴨の羽
    暁台

仰句ば蚊屋のうへなり時鳥
  岩村田 鷄山

さうぶ湯のあとはさゝ湯の節句哉
   鳴海 蝶羅

川霧や人にもあはず朝ぼらけ
   松坂 梅輦

朝鶏や軒に声ある春の雨
 丈芝

秋たつや蒔ぬに咲しそばの花
   白石 麦羅

椿さく奥やたえだえ鉦の声
 相州用田 鳥秋

花のもとに鬢かき撫る女かな
   飯田 春江

桜花朽折にしもさくらかな
   小磯 大梁

梅の花見せつゝ母のくしけづる
木の女

青柳は枝をならさぬはじめ哉
 百卉

 四時文通

春けしや柳にかよふ鐘の声
 百明

大空や苗代水の澄わたる
 伊勢松坂 斗墨

あら小田をひた鳴はしる鶉かな
  信戸倉 古慊

うぐひすのしばしば来啼小庭哉
松露老人

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