大淀三千風

『松島眺望集』

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天和2年(1682年)、大淀三千風『松島眺望集』撰。奥書に「執筆加之」とある。

松島

 松島の磯にむれゐる芦田(あしたづ)
    を(お)のがさまざま見へ(え)し千代哉
   元輔

  大坂
 松しまや大淀の浪に連枝の月(だね)
   西鶴
  江戸
 武蔵野の月の若ばへ(え)や松嶌種(だね)
   桃青
  江戸
 松しまの月さかせたらなん江戸ざくら
   言水

雄嶋

 秋の夜の月やをじまのあまのはら
    あけがたちかき沖の釣舩
   家隆

松嶌の左地をはなれし処に、十三間の橋あり。「藤咲かゝる松しまの橋」とよめる是也。丈(もつとも)境地無双の地也。骨堂あり、把不住軒とて雲居和尚禅堂あり。又松吟菴とて道心者の室あり。

福浦嶋

 竹によるこもや囀るふくらじま
   三千風

二子嶋
  新庄
 浪のへりに月や婬じて二子嶋
   風流

末松山

 たびたびの千代を遙に君や見ん
    末の松よりいきの松迄
   相模

野田玉河

 みちのくの野田の玉河みわたせば
    塩(汐)風こして氷る月かげ
   順徳院

塩釜に近し。此辺浮島・野中の清水・沖の石奥の細道轟の橋などいふ処あり、眺望の外なれば略す。

躑躅岡

 とりつなげ玉田横野のはなれ駒
    つゝじが岡にあせみ花咲

此歌は、河内国の玉田横野の題にあり。此処にも玉田横野と云処ありといへり、さだかにしれず。又鞭舘とて錦戸太郎国衡出張(でばり)城の跡也。今天神の社あり、無双の景地也。予独吟奉納十日万句の巻頭に

 御月ありかゝげ奉る一万灯
 みち風

又のとし、大矢数満座のよろこびの会に、
        <ミチバ>
 とんたり梅三千羽のそやをゑ(え)たりやあふ(う)
 同

西行戻

 長老坂のつゞき、松島目の下に見ゆる、よつて此名あり。


  江戸
御前句や西行もどり花の跡
   言水

石巻

川中に大きなる岩あり、此かげ浪巴をなせり。此故に此名あり、則袖の渡り也。川はら五丁余、川上にまのゝかやはらあり。

袖渡

 泪川浅きせぞなきみちのくの
    袖の渡に淵はあれども
   行家

澳井

 おきのゐて身をやくよりもかなしきは
    都島べの別也けり
   小野小町

壺碑

 此処、塩釜仙台の中間市川村といふ。国司屋敷の跡に、ぬのめ地の赤瓦あり、都のつとにし侍る。硯屏などに用る奇也。

碑 之 図



 去京一千五百里

 去蝦夷國界一百二十里
多賀城
 去常陸國界四百十二里

 去下野國界二百七十四里

 去靺鞨國界三千里

此城神亀元年歳次甲子按察使兼鎮守将
軍従四位上勲四等大野朝臣東人之所置
也天平寳字六年歳次壬寅参議東海東山
節度使従四位上仁部省卿兼按察使鎮守
将軍藤原恵美朝臣朝狩修造也
            (※「狩」は獣偏に「葛」)
         天平寳字六年十二月一日

宮城野

則木下に白山権現社あり、実は幡彦の明神といへり。三月三日木下祭、繁昌の市たつ。天平年中護国山国分寺二十四坊あり、真言宗也。



湖山飛散人大矢數寓言堂

大淀之三千風統焉

執筆加之

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