与謝蕪村ゆかりの地



古庭に鶯啼きぬ日もすがら

宇都宮仲町に生福寺という寺がある。


宮應山生福寺


関東八十八ヵ所霊場第24番。

真言宗智山派の寺である。

生福寺に与謝蕪村の句碑があった。


古庭に鶯啼きぬ日もすがら

蕪村号最初の句だそうだ。

蕪村句碑の記

 俳聖与謝蕪村は享保元年(1716年)に摂津国毛馬村(大阪市都島区毛馬町)に生まれた。後年江戸へ出て、烏山出身の俳諧師早野巴人(夜半亭宋阿)の門人となる。巴人没後、同門の砂岡雁宕を頼って結城に下り、以後約10年に亙って結城を中心に関東・奥羽一円を遍歴した。

 寛保3年(1743年)、雁宕の娘で当時宇都宮の寺町(現・仲町)に居を構えていたといわれる佐藤露鳩の許を訪れて滞在し、翌寛保4年に、ここで初めて『歳旦帖』を編集発行した。『歳旦帖』の発行ということは、俳諧師として自立したことを表し、蕪村はこれによって生涯俳諧師として生きて行くことを示したのである。

 この『歳旦帖』は、正式には「寛保四甲子歳旦歳暮吟追加春興句野州宇都宮渓霜蕪村輯」と表題したもので、普通『宇都宮歳旦帖』と呼ばれている。

 この中に蕪村は、この碑にあるように

古庭に鶯啼きぬ日もすがら   蕪村

と詠み、それまでの俳号「宰鳥」を捨てて、新たに「蕪村」と名乗った。つまりこの宇都宮は、蕪村号誕生の地となったのである。さらにこの「古庭に」の句は、芭蕉の「古池や」の句に対抗しての、蕪村独立を宣言するという意味もあり、当地は蕪村にとって極めて記念すべき所となった。

 平成19年4月12日

蕪村顕彰会
成島行雄撰文

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