白井鳥酔

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『芭蕉翁墓碑』(鳥酔編)

宝暦6年(1756年)9月12日、落霞窓鳥酔序。

 宝暦6年(1756年)8月3日、鳥酔は大阪天王寺の浄春寺を訪れ、松の木の下に埋もれていた「芭蕉翁」の古碑を見る。鳥酔は「芭蕉翁」の碑を再建。芭蕉真筆の句冊を埋め「芭蕉反故塚」を建立した。

「芭蕉翁」と「芭蕉反故塚」の碑



ことし葉月三日巨岸子を伴ひはからすも此古碑を拝しけふ又百楚豆の三君に陪しておのおのふたゝひ来り山主道仙和尚に謁し是より後は忌日忌日に我同門をして一香一花の施主たらんことを約すまことに大いに幸也かゝる因縁はおもひ議すへからす

古塚の光見出すや草の露
  鳥酔

塚の照むかしなからのもみちかな
   百牛

古塚や蔦の錦も時節迚
   楚諾

ふる塚やけふから草の花の主
   豆花

古塚の名を吹わけて秋の風
   魚来

芭蕉葉の末ほと広し塚の道
   巨岸

はせをはや雨に答る墳の寂
   魯郷

ことし浪花に来り公務の閑ある日百明師へ随ひ此碑を求得たるは生前のよろこひ也けり

古道や塚も狩出す菌時
   至凉



開莚弁語

古碑を拝して帰さ其あらましを物語し侍るに楚諾君の云そのかみ

柳居先師深川に 芭蕉忌を草創し給ひける頃より房と下官かしたしみあれは爰の浪花にも亦此忌をおもひたつへしと趣向を授け給ふにとつて百豆の両君にうかゝひ初め社中おのおのうなつきあひてけふの法会をいとなむまことや不朽の 碑前に千載も絶さらんことを願ふのみ

歌僊

芭蕉忌やけふを難波の初懐紙
   鳥酔

手向には此かへり花咲く
   楚諾



阿父梅子は 祖翁古郷の墓参りに帰来てしはらく住給ふ蓑虫庵の土芳か門下なれはけふの開莚に居りあふ因縁なきにしもあらし

はせを忌や猿へ小蓑の施行もの
   
碓花

芭蕉忌や道に氈敷く木の葉時
至凉

はせを忌や古池涸ぬ水鏡
京 新井氏
白峨

   我か父はその時 遺骸の供せしことをおもひ
   出して

はせを忌や夜船を泣た処まて
   書肆
麦郷

芭蕉忌や木節居らは切リ刻ミ
  江都僧
星飯

   此忌を開莚し給ふよしをしらせ来るまゝに申
   おくる

はせを忌やそこはまことの夢の跡
  松露庵
左明

   右二都文通

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